NHKクローズアップ現代「職業訓練で雇用を生み出せ」を観て

2011年5月19日(木)NHKクローズアップ現代「職業訓練で雇用を生み出せ」を観ていました。インターネットでの反応は大きく、ツイッターにも多く話題になっていました。

番組ではデンマークの職業教育制度が紹介されていました。モビケーション(mobility+education)=移動のための職業教育という言葉に象徴されるように、日本のように終身雇用が理想ではなく、何時でも誰でも労働移動ができることが原則になっています。また日本では職業教育がビジネスとして私企業(専門学校)で多額の費用を個人が払って行われるのに対して、紹介されていたデンマークでは、公が失業保険を長期化させない(4年)ことを目標に全面的に職業教育をし、国家資金を投入して就職につなげようとしています。その現象を「デンマークって安心できるいい国だなー」というインターネットでの感想が多かったように思います。次の日、授業で話した学生の感想文にも「日本の大学は職業教育をまったくしない。だから2年もかけて就職活動をして、100社以上の面接を勝ち抜いてどこかの企業に入っても何となくなじめない」とか、「再就職はパートばかりという現状に職業教育をしてくれるところがあったらいいのに」というのがありました。

コペンハーゲン市内

コペンハーゲン市内

「いつでも誰でもどこでも仕事で生きる」(シングルマザーでも)ことを大原則としている国はデンマークだけではありません。デンマークをはじめとするスウェーデン、フィンランド、ノルウェイなどの北欧5カ国だけでもありません。オーストラリア、ニュージーランドなどもそうですし、EU諸国をはじめ、新しい産業を開拓し、女性も男性も平等に労働力として仕事で人生を築き、国を支える(労働に応じた税金を払い個人で年金を確保する)ことを目標にしている国では、一回切りではなく、何度でも仕事人生のやり直しがきく制度を確立しています。アメリカもそうです。ほとんどの国では、日本のようにさまよっている状態は脱しています。

クローズアップ現代が問題提起していたように、日本で正社員の雇用保険を財源とする在職者中心の教育訓練(一部基金訓練として離職者に及んでいますが。「くんれん」:このひびきの古めかしさ!)はもう変わらねばならない。具体的な指摘では、今の訓練プログラムは現状の雇用に繋がらない(雇用がなくなっているのに新産業創出のスキルは教えない)とか、企業が求めるのは実践の経験者で、プログラム修了者というだけでは難しいとか、地域のニーズに合ったプログラムの検討をする場が必要だという指摘がありました。

国や中央で一括して机の上で考える職業教育プログラムではなく、職業教育支援者(公務員とは限らない)と企業と自治体が頭を合わせてニーズを細かくすりあわせながら、教育手法も含めて工夫し、企業への就職を実現し、あたらしく創出した産業(環境・新エネルギー産業・介護など生活産業)に起業したり、雇用創出できるよう支援する仕組みづくりが必要です。一日も早く。東日本大震災を契機に実施すべきはここではないでしょうか。

ただその前提に、最も重要なことは、パートや派遣とフルタイムの均等待遇の原則(「同一労働同一賃金・同一価値労働同一賃金原則」)が当たり前にならねばならないのです。つまり男女や雇用形態別の格差賃金、労働条件が許されては話しになりません。そして一方で安全網が充実し、正職員のみならず失業給付があり、職業教育制度がコミュニティのすみずみまで格安で普及しなければならないのです。今の職業相談人や職業教育指導員がそのままで、任に当たれるかどうかも疑問です。

王宮からカセッドラルを見る(コペンハーゲン)

王宮からカセッドラルを見る(コペンハーゲン)

地熱発電こそ普及したい! 原発より強かった 東北地方の地熱発電所

 3年前最初に宿泊したウイーンのホテルのすぐ近くに地熱発電所がありました。温泉があって保養地になっていました。しかし隣り合わせの地熱発電所は、美しくない建物であまりにも不似合いだったので、「あの無粋な音のする建物は何ですか」と聞いたものでした。それが地熱発電所を知った最初でした。

今回のメッセージはほとんどインターネット情報なのですが、私も同じ気持ちを込めてかなりの転載をさせて頂きます。「原発からの脱却」が1日でも早く世論になってほしいと思うからです。

日本は、原初エネルギーから他の自然エネルギーへ変換出来るのか。原発以外のどんなエネルギーの選択が可能か。それは地熱発電です。明るいニュースです。

国民の72%が「原発削減が望ましい」と回答しています。(枝廣淳子主宰「幸せ経済社会研究所」(東京・世田谷)4月13日までに「日本の今後のエネルギーに関する国民の意識調査」(出典オルタナ編集委員=石井孝明4月13日)

1 日本で地熱発電ができるためには

1)原子力第1の政策を変更すること
2)政府の規制緩和がまず重要です。
東北エリアに「東京電力」以外の新しいベンチャーを参入させることが必要です。「電力ベンチャー参入」のスキームを創ることです。
「東電」と政府の堅い連携をはずさねばならないのです。

2 地熱発電の優れているところ

1)石油燃料に頼らなくてもいい
2)日本は地熱が豊富
(日本はアメリカ、インドネシアに次いで世界第3位、火山が多い)
日本では8メートル掘れば地熱発電は可能だそうです。
3)日本には地熱発電の50年にわたる技術がある

東芝がニュージーランドに世界最大の出力量(2010年ロトカワ地区に1基としては140MWと世界最大出力)の地熱発電プラント(ナ・アワ・プルア地熱発電所)を納入しました。インドネシアやアイスランドにおいても、日本企業の受注が相次いでいます。。世界にある地熱発電所のタービンの半数は、日本企業の製品です。特にアイスランドでは、三菱重工業が全面的に地熱発電事業を請け負っています。 しかし、日本国内では地熱発電所の建設用地をめぐる規制や地域住民の反対などが予想されることから、企業はひたすら海外での地熱発電所の受注競争に専念してます。これは政府主導の政策で成功した例ではなく、民間企業による成功例です。

日本で地熱発電所が造られた1966年から1999年まで全国で18カ所のみです。発電容量は約53万5千キロワットにすぎません。
4)CO2の排出量が原子力発電を少ない(約6割)
5)原油が高騰しても耐えられる
6)長期間の運転が可能で、自己の可能性が少ない
7)天候に左右されず昼夜を問わず、安定的に発電できる

 
8)地震でつぶれない
福島第1原発が重大な事故を起こしましたが、そのとき「東北電力」の地熱発電所3カ所(岩手県、福島県、秋田県)は無事でした。いずれも大地震発生で自動停止しましたが、異常はなく、2日以内に運転を再開したのです。しかし地熱発電は国内の発電の0.2%にすぎないのです。
八丈島(東京都)の東京電力八丈島地熱発電所では全電力の3割をまかなっています。

3  なぜできないのか

1)他の電源とのコスト競争に勝てない
2)国立公園の開発規制がある
3)温泉事業者から反発の声がある(悪影響はない)
資源の8割以上が眠る国立公園での開発を制限され、国の補助を受けられる「新エネルギー」指定からはずされていて、地熱発電は停滞しています。2008年にバイナリー方式の地熱発電だけ新エネルギー指定を受けたのですが、大規模開発は対象外だということになったのです。
地熱発電の基礎調査から稼働までは約10年かかり、政府の後押しがないと進まないのです。意見書では、開発を促進する「地熱法」制定を提案しています。

4 忘れてはならないのは、世界最大出力の地熱発電所は日本製だということ

環境省は2010年に、36年ぶりに国立公園での地熱開発に譲歩しました。日本地熱開発企業協議会によると、2011年3月には、規制区域外から公園敷地の地下に向かって斜めに地熱井戸を掘り進める開発2件が許可され、2011年夏に着工予定だということです。
資源エネルギー庁が2008年に設置した「地熱発電に関する研究会」によると、国内の地熱発電所が温泉に悪影響を及ぼした例はないのです。しかし、温泉の枯渇を懸念する事業者らの反発を受けて頓挫した開発事業もあったため、温泉業界との協調も普及のカギだといっています。

「3.11」の午前中に閣議決定され、4月5日に通常国会に提出された「再生可能エネルギーの全量買い取り制度」は、地熱発電も対象となりました。今はまだ、地熱エネルギーは国内の発電の0.2%に過ぎません(火力原子力発電技術協会「地熱発電の現状と動向 2009年」)。しかし、繰り返しですが世界最大出力を誇る「ナ・アワ・プルア地熱発電所」(14万KW)は、日本製なのです。2010年にニュージーランドの国有電力会社に納めました。既に技術はあるのです。日本国内の地熱の飛躍に期待したいものです。(オルタナ編集部=瀬戸内千代2011年4月18日参考)

地熱発電のしくみ

地熱発電の仕組み

地熱は、エネルギー資源にめぐまれないわが国にとって、純国産の再生可能な貴重なエネルギー資源です。また、地熱は発電のほかにも、浴用、施設園芸、道路融雪など多目的の熱水利用の熱源として地域開発にも役立っています。火山も多く、地熱開発の技術水準も高い日本で地熱発電がそれほど盛んでないのは、候補地となりうる場所の多くが国立公園や国定公園に指定されていたり、温泉観光地となっていたりするため、景観を損なう発電所建設に理解を得にくいことも一因となっているということです。

環太平洋火山帯(ウィキペディアより) クリックで拡大

環太平洋火山帯(ウィキペディアより) クリックで拡大

日本が活発な火山活動及び地震活動の集中する環太平洋火山帯に属しておりプレート型連動地震であったことは、同じく環太平洋火山帯に属しているインドネシアで発生した大地震とメカニズムは同じです。上図に赤く示されたこの太平洋を囲む環状の火山帯では世界の過半数の活火山が集中しております。日本中いたるところに温泉がわき出ていますが、環太平洋火山帯に属する地域ではマグマ溜まり由来の膨大な地熱が発生しており、その地熱埋蔵量を資源は世界屈指(3位)の資源大国となるのです。

世界の地熱埋蔵量

世界の地熱埋蔵量 クリックで拡大

一目瞭然ですが、アメリカ、インドネシア、日本、フィリピン、メキシコと、地下資源量上位5国がすべて環太平洋火山帯に属しており、当然ながら地熱資源量と活火山数には強い相関が見られるわけです。

国別の地熱発電開発動向

国別の地熱発電開発動向 クリックで拡大

発信源
オルタナ 4月18日(月)17時22分配信 http://www.alterna.co.jp/5469
週刊ポスト2011年4月8日号
http://orange-note.blogspot.com/2011/04/blog-post_26.html
http://boxheadroom.com/2009/09/19/geothermy_majer
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%B0%E7%86%B1%E7%99%BA%E9%9B%BB
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110416-00000003-wsj-bus_all
http://www.lohasclub.org/1000/1300/1306.html

本屋さんに並びました 『「働くこと」とジェンダー―ビジネスの変容とキャリアの創造 』(明石書店)

新しい日本の復興にNPOと女性の力を活かしたい。

そんなつもりで書きました。関西大学の「法女性学」のテキストにしています。働くことは人生のライフラインです。しかし今なお、仕事を得ることは大きなチャレンジ(Challenge)です。これから変わりゆく社会(Change)に仕事で立ち向かう人たちに勇気(Courage)を!

2011年4月発刊 最新本

『「働くこと」とジェンダー』(明石書店) ジュンク堂にて

堂島ジュンク堂「ジェンダー論」の書棚に並びました(4月20日)

「働くこと」とジェンダー―ビジネスの変容とキャリアの創造―

今回は「はじめに」を紹介します

●女性にも男性にも、男性的資質と女性的資質がある。今後は、その中の女性的資質が社会を動かすのではないか

女性学を担当して

日本での女性学の講義は1970年代の後半、お茶の水女子大学からだといわれています。私の場合は1981年から「女性学」の講義を持ちました。「女性学」が原論でその各論に「家族と女性」「女性と文学」「ジェンダー経済学」「フェミニスムアート」などが増えてきました。私が「法女性学」を持ったのは2000年以降です。女性学の分野は広がっていますが、専門科目や必須科目になりにくいのは同じ状況です。女性の視点から従来の学問形態をとらえ直し、性差別分業による社会構造を批判する女性学は、学問上も大きな成果を出しています。従来、人類の半数を占める女性たちは、無視されてきたのでした。それを女性の視点から社会現象を分析し直し、新しい理論立てをしたのです。新しい理論は、男性たちの合意を取り、行動への参加を促しながら進みました。男女両性が能力を発揮した方が、未来社会は進歩するという仮説が合意に近づいたということでもあります。しかし、未だに既存の学問は一流で、女性学はいわば二流の位置づけになりがちです。また女性学は女性解放の運動・実践と深い結びつきがあり、学際的性格をもちます。且つ自らの生き方との整合性を求められるので、個人の生き方も含んで学問を探求せざるを得ないということでは、きびしい自己規律が必要となります。

「フェミニズムの風は西から」といわれるように、アメリカのカリフォルニア大学はフェミニズムのメッカといえます。ウーマンリブもメンズリブもカリフォルニアが発祥の地でした。1967年にフェミニストスタディーズの最初のコースが現れてから、今では全米すべての大学でフェミニストスタディーズコースがあります。ハイスクールでもごく当たり前になっています。男女平等社会を実現するために、フェミニストスタディーズ(ウーマンズスタディーズ、ジェンダースタディーズ、女性学)は、今や各論の時代を迎え、各国でも社会に根付いてきました。政治に、教育に、労働に、起業に、まちづくりに、高齢社会のあり方に、医療に、アートに、音楽に、小説に、年金に、子育てに、性意識に、企業の社会的責任においても、です。

女性か男性かの対立構造になる授業ではなく

「女性学」は女性のエンパワメントにつながる理論として始まりましたが、やがて女性も男性も受講する授業に定着していきます。その後1990年代からでしょうか。フェミニズムを敵視するバックラッシュの嵐と相まって、「男を敵に回した学問なんてありえない!」とか「フェミニズムは宗教だ」という意見が出てきます。女子学生も「今まで差別なんか感じたことがないのに」と主張します。女性学は頭脳・理論というよりそれぞれ個性と感性を伴う学問であるという宿命ゆえに、教室がまるで個人的な言い争いの場になりえます。「個」と「全体構造」を統合する語彙が特に日本語には不足しているのを感じます。個人と関わりながら、それでいて全体構造を言い当てる語彙の構築が課題なのだと思います。セクシャル・ハラスメントなどもそうです。特にセクシュアリティに関しては語彙の不足を感じます。女性学の教育手法の開発が重要な課題だと感じています。学生や聴衆を引き込む参加型授業の展開できる力量が必要です。主題やテーマはより身近なものを取り上げ、世界的視野で持論を展開できる力量が必要だと痛切に感じています。

労働法を専攻したころ

もの心就く頃から、女でも仕事をして生きていくと堅く決めていました。男女平等や民主教育は大きな後押しになりました。労働法を専攻しようと決意をしたのは、女性労働者が次々と裁判を闘っていたころでした。住友セメントの鈴木節子さんの「結婚退職制は憲法違反」の裁判は、こんなときでした。住友セメントは、女性社員を補助労働と位置づけ、採用時に結婚または35歳に達した時は退職する旨の念書を提出させていました。これに基づき鈴木節子さんを結婚を理由に解雇したことが争われたのでした。結婚退職制を争う最初の判決であり、以後一連の男女差別裁判に大きな影響を与えたのです。東京地裁は、この取扱いは結婚の自由を制限し、法の下の平等に反する憲法違反である、としたのです。新聞は一面トップで全面を飾っていました。その活字の大きさをはっきり覚えています。もちろん鈴木節子さんの全身姿も白黒写真でした。私はゼミでこれを報告すると名乗り出ました。労働法って、女性が働く社会に変えられるかもしれないと、大きな期待をもったのでした。私も自分のためだけに生きるのではなく、多くの人に貢献できる生き方をしようと誓ったものでした。

緊急の課題をまえに

女性と仕事に関して緊急の課題もあります。OECD(経済協力開発機構)は、「雇用アウトルック2008」を出しました。全体としてみると加盟国の平均就業率は戦後最高に達していますが、女性の就業率が男性より20%低いと指摘しています。なかでも日本については、女性の就業率が低いといっています。日本女性の学歴は男性と差はなく、加盟国で3位(第1位フィンランド、第2位カナダ)なのに、就業率は男性の93%に比べ、女性は67.4%と差が大きいのです。OECDでのトップクラスの国、スウェーデン、デンマーク、フィンランドなど北欧諸国と比べると日本女性は約15ポイントも下回っているのです。日本の特徴は、男性労働者との著しい格差です。日本は貴重な人材を著しく無駄にしており、特に人口高齢化の進展という現状を考えると、早急に対策を講じる必要がある、といっています。

日本の女性は、労働市場における女性差別にさらされていますが、「差別禁止法」をさらに改善することが必要だといっています。なかでも裁判での立証責任の転換を実施することだと提案しています。裁判をしても多くの場合、勝ち目がないのです。紛争を解決する手段としては効果が少ないのです。そこで和解や調停になるのですが、これでは訴訟を起こされるという恐れが少ないので和解や調停さえも大きな効果を発揮しないのです。オーストラリア、カナダ、米国など多くのOECD諸国がやっているように立証責任の転換をすべきです。

また、厳格な労働市場規制、正規・非正規の「労働市場の二重性」などがあるとも分析しています。女性の方が男性よりも非正規の低賃金雇用を強制されやすい強固な労働市場の二重性や、育児支援の不足、若年層の母親が常用雇用に就こうとする財政的インセンティブ不足が背景にあります。若い母親はもっと高い賃金がほしいと最初から思わないあきらめの気持ちになってしまっているのです。
日本は、女性の就業問題は急速に改善すべきです。人口問題をはじめ、いろいろ切羽詰まってきているのに、です。スピードがのろいのです。みんなでスピードを上げる活動をしていきましょう。

裏表紙をご覧下さい。3つの「C」Challenge  Courage Changeと記していますが、「ひとり一人が勇気を持って、変化に向かって、チャレンジしましょう」という意味です。そして行動する「わたし」の自信をつくるのは、「仕事」です。

「働くことと」とジェンダー(ビジネスの変容とキャリアの創造) 出版しました

出版しました。私も4月の授業(法性学)に合わせて一冊書きました。
タイトルは「働くことと」とジェンダー(ビジネスの変容とキャリアの創造) 明石書店)です。

第1部 「働くこと」の歴史的位置づけ 
1 働くこととジェンダー 「わたし」の自信をつくるのは「仕事」 
2 日本の女性と仕事の変遷- 女はいつも働き者だった
3 宗教と女性が働くこと - ベールと仕事
4 男女雇用機会均等法以降-まっとうに働きたい  
5 女性と職業教育- 自立と平等のためのキャリア教育 
6 世界の男女平等施策 -女性差別撤廃条約を礎に

第2部 「働くこと」の選択肢
7 雇用労働とペイ・エクイティー -リーダーシップの未来                  
8 経営とジェンダー CSR(企業の社会的責任)や企業の評価
9 日本の女性経営者
10  女性と起業ー  中小企業や社会的企業家の役割     
10 パートタイム労働 - 均等待遇原則を       
11  派遣労働の問題 ー「労働は商品ではない」ILOフィラデルフィア宣言(1944)
12  NPOで働く-新しい時代を築く専門家集団 

第3部 「働くこと」と家族やセクシュアリティ
13  女性が働くことと家族の多様性-子どもも家庭も          
14  仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・ランス)-ケアレスマンではなく
15  セクシァル・ハラスメント- パワハラスメント
16  セクシャル・ライツ ―セクシャリティと 女性の人権
17  シングルマザーを生きる-女性と貧困       

第4部 「働くこと」への挑戦!  
18 「働くこと」は生きることーディーセントワーク
  (働きがいのある人間らしい仕事)探る

発刊に寄せてー21世紀を生きる若い世代へ
竹中恵美子  大阪市立大学名誉教授

大阪市立大学名誉教授私が大学に職を得て労働問題研究に入ったのは、1952年(昭和27)のことでした。
以来 大阪市立大学経済学部で41年間、その後花園大学・龍谷大学を経て、半世紀の教職の歴史を終えました。
その後大阪府立女性総合センター(ドーンセンター現:男女共同参画・青少年ンセンター)の館長を務めましたが、その全期を通じて多くの女性グループや労働組合の人たちとも一緒に仕事をしてきました。

それは自分の研究が空理空論に陥らないためには、つねに生きた現実から学ぶことが、何より大切だと考えたからです。
いつの間にか私自身、大学の内外で男女平等をめざす次の世代の女性たちを支える立場になっていました。
金谷千慧子さんもその一人です。彼女との最初の出会いは法学部の単位互換の院生だったと思うのですが、その後、改めて50歳   以上の社会人大学院生として、ゼミ生たちと3年間学ばれました。社会人として一番時間の限られた中でのがんばりは、わたしの強い印象に残っています。その時も株式会社やNPO活動を全部続けながらの通学でした。私などの学究生活とは少し分野は違うのですが、新しいことを発想し、それの実現に向けて着実に行動していくその力は尊敬に値します。今取り組まれている社会人女性やキャリア養成のための「コミュニティ・カレッジ」の構想や、ご自身の主宰する『女性と仕事研究所』の軌跡が、何よりもそれを物語っています。
男女雇用平等を求める歴史の中で、変化の分水嶺は1980年だといえるでしょう。「女性差別撤廃条約」が国連で採択されたのが79年、発効は81年です。80年を境に性差別解消の基本的課題が、性別分業の社会システムそれ自体の解体におかれることになったのです。
国連の政策もほぼ80年を前後に明らかに変化します。
性別役割分業を撤廃するとは、家族責任を男女でシェア―するということです。しかし残念ながら日本においては1980年を画期とした世界の流れとはむしろ逆のベクトルを選択し、「夫稼ぎ手モデル」の解体というよりは、その維持・強化に向かったといえます。
その後転換がはじまるのは、99年6月の「男女共同参画社会基本法」成立以降であり、ここでようやく男女平等の基本理念が「女性差別撤廃条約」にマッチするものとして確立されるにいたったのです。
その意味では日本は21世紀直前になって初めて、世界の流れに合流するスタート・ラインに立つことになったといえるでしょう。
今後の方向性としては、労働問題をジェンダーの視点から捉え直すことです。それは市場だけではなく、非市場領域における膨大なアンペイド・ワークを視野におさめ、それを男女がフェアーに担っていくための理論体系をつくること、そして、政策として具体化することです。それは決して女性のためだけの理論ではなく、21世紀における男女にとって、人間として尊厳ある生き方(働き方)がいかに可能かを探ることなのです。
その意味で、いまは変革期に他なりません。変革期とは、規制の社会通念が揺らぐなかで、現実との間に様々な矛盾が噴き出し、既存の社会システムそのものがつくり変えられる時代だといえます。私は金谷千慧子さんとほぼ同時代を生きてきましたが、実践的研究者を自認する著者による本書は、多くのさらに後に続く人たちへ勇気と知見を与えることでしょう。

竹中恵美子先生