
関西大学にて 4月10日(簡文館近辺:博物館、人権問題研究室)
傍らを「ほんとにきれいですね」と男子学生が通り過ぎていく
日本での女性学の講義のはじまりは1970年代の後半、お茶の水女子大学からだといわれています。私の場合は、京都精華大学(その頃は短期大学)の1981年からで、その後、同志社大学、関西大学、甲南女子大学、梅花女子短大で、関東では中央大学で2001年から2007年でした。なかでも関西大学が最も長くて、1985年から現在も続いています。そのなかで、関西大学での今年度で担当が最終になる「法女性学」の講義内容を振り返り記録にとどめておきたいと考えています。
最初は家族の問題
これだけ長くやっていますと「女性学」のなかでも様々な分野を担当したことになります。1980年代は「家族」でした。この場合は大学の科目では特殊講義という位置づけです。必須科目でないケースが追いのです。私の出版物では『世界の家族―女の居場所はやっぱり家庭なのか』(芸林書房)、『女と男の女性学』(柘植書房)があります。最初に著作に加えて頂いたのは『現代の婦人問題』(竹中恵美子著 創元社)で、その中では、家事労働論や主婦について書いています。1980 年代、この頃は国連女性の10年の運動の中で、スウェーデンやデンマークなどの北欧の女性たちの仕事も家庭も子育ても政治も平等があたりまえ、という発言や活動に衝撃を受けたショックがそのまま授業態度になっていました。世界を比較して日本の女性の実態を知るということでしょうか。国連の会議に出席していたNGOやNPOという活動を知ったのもそのころでした。
一般教育科目として約半数の大学に定着して
「女性学」は女性のエンパワメントにつながる理論武装という発想で始まったのですが、やがて女子学生も男子学生も広く人権学習の一環として知識を得る一般教養科目として定着していく1990年代を迎えますと、男子学生の受け止め方が授業の進め方を左右するようになります。「男を敵に回した学問なんてありえない!フェミニズム宗教だ」だなんて態度で、教師についても胡散臭いといわんばかりの目で見つめる集団が突出しますと、もうそれは授業は成り立ちません。
一般教育科目は、何人もの教員(当然男性が多い)のリレー講義で実施されますが、男性教員にとってはお荷物とも思える女性学を自分の生き方と重ね合わせて講義するというのは、そもそも不可能ですから、ますます女性学の質の低下を招きます。そこで男女ともに矛盾のるつぼになっている「性」のあり方というところで焦点を合わさざるを得なくなります。『ジェンダーとセクシュアリティ』(嵯峨野書院 共著)や『ジェンダーで学ぶ社会学』(世界思想社 共著)などはそのころの出版物です。
女性史(三代の女性史)を語る
歴史とは、男性による権力争奪という戦争の年史でしかない、といフェミニストからの問題提起があります。女性学をやるのに歴史を女性の視点から紐解かないわけにはいきません。第二次世界大戦後の歴史を作ってきた一人でもある私が、三代の女性の歴史を女性の視点から解釈してみようとたぐり寄せたのが『日本民衆と女性の歴史ー女たちの三代を語り継いで』(明石書店)です。これはとても好きな本です。B5版の2頁で一つの項目を語るという形式になっています。写真も豊富に入れました。でも大学の授業でというより最初は高校の副読本としてということだったのですが、書き手としては、その後の使われ方はよくわかりません。著者自身がコラム代わりにふんだんに登場しています。
ヌード絵画と女性学
これは未だまとまっていません。「女性と仕事ジャーナル」(金谷千慧子 発行)に書き綴っています。京都精華大学時代に藤枝澪子先生に励まされながら、世界のヌード絵画にみる女性の描かれ方研究会を続けてきました。なぜ女は描かれる側なのか、なぜ描き手は男ばかりなのか、なぜ女の描き手がいないのか、なぜ女は裸で、男は着衣なのか、宗教はなぜ女に被せものをつけさせるのか、性や文化、宗教や社会組織は、なぜ女性の生き方を狭め選択肢を少なくすることを以て社会発展としてきたのか。男だってそんなに自由を満喫していないよ、実際は、等という外れた議論はとりあえず置いておくとして、です。
働く権利は譲り渡すことができない
なんといっても私の心底、片時も離れないテーマは、「女性にとって、働く権利は譲り渡すことのできないものである」というものです。人口の半分が自分で食っていけないことを基本とする政策は、ホンモノではないし、改善の余地ありだと思います。
「働く権利は譲り渡すことができない」を前提として、どのような働き方をするか、どんな働く意味付けをするか、もちろん「勤務」だけない、アントレプレナなども含めてどんな仕事が可能かを、弾力的に、柔軟に、しかし譲れないところは譲らずに、選択し、創造していく時代をつくるのが最大の夢です。
「働く権利は譲り渡すことができない」に関わる出版は、多少多くありますね。均等法をめぐる攻防の時代に法律解釈を巡って論争をした共著で『女子労働論』『新女子労働論』(有斐閣選書)、『主婦の再就職ノート』(創元社)『女性のパートタイム労働―日本とヨーロッパの現状』(国際交流基金・新水社)『女の起業が世界を変える』(国際交流基金・啓文社)
等があります。挿絵もとても気にいっているのに『わたし・仕事・みらい』(嵯峨野書院)があります。これは多くの大学で、テキストに使って頂いたと聞いています。また中央大学出版部からの『企業を変える女性のキャリアマネージメント』『未来社会をつくる女性の経営マネージメント』の2冊は、未だまだこれからの私の現役人生と歩みを共にする本です。さて少し出版物の紹介が多かったかも知れませんが、自分をつくってきたもの、責任を持って生きている心髄のところは、はやはり著作に集約しているようにも思います。
次号からいよいよ「法女性学」の講義が始まります。
もうすぐ北欧ツアーです。とくにフィンランドははじめてなので 楽しみです。少し前、東京でフィンランド大統領タリヤ・ハロネン(2000年~)の夫氏とシンポジウムでご一緒だったこともあり、いつかきっとと心に決めていました。フィンランドをはじめ北欧5カ国(スウェーデン、ノルウェー、デンマーク、アイスランド)は、男女平等指数では、いつも最高位です。

フィンランド・ヘルシンキ大聖堂
男女平等世界一
2008年度の国連開発計画(UNDP)発表のジェンダー・エンパワーメント指数(GEM:政治および経済活動への女性の参画を示す指数で、国会議員、管理職国会議員、管理職、専門職・技術職に占める女性の割合および男女の推定所得格差を用いて算出)の順位は、第1位がスウェーデン、続いてノルウェー、フィンランド、デンマーク、アイスランドの第5位まで続いています。日本は、108カ国中58位です。昨年2007年は54位で例年ずり落ちていっているのが現状です。いかに日本の場合、政治経済活動や意思決定の場に女性が参加できていないかを示すものです。近年フィンランドは「世界一」が増えています。1906年ヨーロッパで最初に女性参政権を確保した国(ニュージーランド1893年)ですが、国会に女性議員を送った国としては1907年で世界で第一位です。
学力世界一
近年「フィンランドは子どもたちの学力世界一」の報道に話題が沸騰しています。 日本は今、子どもにどうして生きる力をつけるのか大人たちが迷いに迷っている 時代だからです。子どもたちに競争させるのではなく、考える力をつける教育が 学力世界一の秘訣だといわれています。フィンランドの教育の成功の裏には 「3つの秘訣」があります。
①教師のレベルが高い!原則、修士号を取得している。
②落ちこぼれを作らない! 少人数授業と補習制度
③大人も子どもも読書好き! 読み書き計算は当たり前
ということです。
1クラスあたりの生徒の数がとても少なく、日本の半分くらいの人数です。 さらに国語と数学については、勉強が遅れがちな子どもを数名のグループに 分けて、特別な補助授業を行っています。こうすることで、授業についていけ ない子をなくすのです。またフィンランドの人の読書好きは「図書館利用率が 世界一」といわれるほどで、PISA(OECD生徒の学習到達度調査)2000年のでも 1日あたりの読書量はトップレベルにあります。

携帯電話の普及率が世界一
携帯電話の普及率が世界一で、大半の人はフィンランドのNOKIAを使っているそうです。NOKIAの携帯はカバーが付け替えられムーミンのカバーが人気だそうです。

コーヒー消費量世界一
フィンランドの世界一に「コーヒーの消費量」というのもあります。フィンランド 人にとってのコーヒーというのは携帯電話と同じようにコミュニケーション・ツール なのでしょう。
GDP(国内総生産)成長率が世界一
さらにフィンランドは人口一人あたりのGDP(Gross Domestic Product一定期間内に国内で産み出された付加価値の総額でGDPの伸び率が経済成長率に値する)は、 他の北欧諸国とともに世界一です。そして次にご紹介するのは、政治に汚職の ないことも世界一です。
政治に汚職のないこと世界一
フィンランドは世界で最も汚職の少ない国です。税金は高いがそれだけの恩恵を 受けているということを国民は充分知っているので、不平不満はいわないし、 全ての人が無料で教育を受けることができます。福祉制度も充実し、老後も心配 なく生活ができる国です。政治が汚職と関係ない世界で政治が信頼の中心になっているのです。
環境、水のきれいなこと世界一
政治が環境や水の美しさを守っています。環境ではすべての国民は公私有地を 問わず森の中に入って自然に親しむ権利があり、同時に自然を守る義務があると されています。2002年度世界経済フォーラムの環境維持可能指数で142カ国中 トップにランク。2003年度国連世界水開発レポートでは世界一水がきれいと評価 されました。
NPO世界一
フィンランドでは、市民の5分の4がNPOに参加しており、複数のNPOに所属している 人も多いそうです。増加傾向は過去10年間ますます大きくなっており、社会の進歩 をめざす人々のグループは協会組織を結成し、断酒運動、労働運動、青少年運動、 協同組合運動など、様々な目標の実現をめざす活動を当然のことと考え、自分たちの アイデンティティとして活動しています。最近ではこのような主張を持ち登録された NPO活動の他にスポーツクラブやオートバイクラブやリクレーション活動など新しい 登録されていないNPO活動もめざましい勢いでふえているということです。 この「NPO世界一」というのは、今読んでいるイルッカ・タイバレ編著/山田真知子訳 「フィンランドを世界一に導いた100の社会改革―フィンランドのソーシャル・イノベーション」という本の中のタイトルの一つです。
他の参考図書
“Women in Finland” 1999 otava publishing co. ltd.helsink
” Politics of Gender ~a century of women’s suffrage in Finland”2006 otava publishing co. ltd.helsink
フィンランドの女性労働―2005年度先進国派遣調査報告書
2006 女性と仕事の未来館
2009年はキューバ革命50周年です。2人の指導者の一人カストロは存命ですが、一方の「チェ、ゲバラ」は1967年ボリビアで政府軍に銃殺されました。スティーブン・ソダーバーグ監督の映画『チェ28歳の革命』と『チェ39歳の別れ』を合わせて、約4時間半の長編を一気に観ました。ゲバラを演じたベネチオ・デル・トロは2008年度カンヌ映画祭主演男優賞を受賞。これが2001年のアメリカ映画だったとは「ほんとに?」と思ってしまいます。ブッシュ時代がはじまり、その後の8年間で「テロ撲滅」の名の下にアフガニスタン、イラク戦争が続き、女性問題は封緘され金融バブルの破裂から今の世界的な経済破滅という結果を招きました。この最悪の8年間は上映されなかったのです。キューバといえばケネディ大統領時代の「キューバ危機!」にラジオに耳を引っ付けて聞いていたのを思い出します。ソ連がキューバへ核ミサイルを配備しようとして、アメリカが激怒。ケネディ大統領は海上封鎖を決意しあわや核戦争かといわれた1960年のことです。ジョン・レノンが世界でもっともカッコいい男といったという「ゲバラ」とは、どんな人間
なのだろうという興味本位で映画館に行きましたが、ヒューマニストとしてのチェ、ゲバラ(本名エルネスト・ゲバラ、医師、アルゼンチン人)の人道愛と情熱と卓越した行動力の真髄を充分に描ききれていたと思い
ます。チェ、ゲバラはトレードマークの黒いベレー帽をずっとかぶっていました。映画の後、立ち寄った東京代官山の帽子屋さん(CA4LA http://hatbox.jp/)は、この映画の支援をしているということでした。この帽子屋さん、シックな英国調の構えにもかかわらず、棚の商品は全部ジェンダーフリーでした。紳士もの、婦人ものなんて区別はないのです。大阪の家の近くの商店街で最近つぶれた伝統ある帽子屋さんは、区別していましたね。
今後生き延びられるかどうかの境目はひょっとしたらこんなところにもあるのかなと感じ入りました。
変革の時代へと足を踏み入れた2009年、本気で国を変えようとした「チェ、ゲバラ」が帰ってきたことを実感した映画でした。

「東京會舘フロントの雛飾り」「東京會舘フロントの雛飾り」
上記は09年1月から、大阪市立大学文化交流センター(大阪駅前第2ビル6階)の卒業生でつくる市民講座で実施する人間社会コースのタイトルです。
http://www.osaka-cu.ac.jp/
1月23日(金18時半~20時)はビッグイッシュー日本代表佐野章二氏をお迎えします。30日(金)は「シングルマザーの就業支援から」そして2月6日(金)が「ワーキングプアーとコミュニティカレッジの役割」の講演をします。3回シリーズです。
非正規労働者(パート、派遣、期間工、請負など)は増加し、07年度の派遣労働者数は384万人、前年度比約20%増(労省報告)です。貧困の蔓延です。それもセーフティネットなしの荒波です。年末31日比谷公園で「年越し派遣村」という救援活動がはじまりました。支援を求めて訪れた労働者は500人、炊き出しや相談などのボランティアは200人を越えたといいます。でもこれからです。このように緊急のワーキングプアからのステップアップとして、職業スキルを身につけ、就業の準備をする場として「コミュニティカレッジ」というセーフティネットが有効です。
派遣労働者だけではなく、就業中断の女性や、学卒後職業スキルを持たないままの若年者、企業内のOJTシステムに参加できずに職業スキルを蓄積できていないフリーター、高齢者など眠れる潜在力をもつ人々の再スタートにもコミュニティカレッジが有効です。
お正月、日本経団連の御手洗冨士夫会長は、今年の課題として不況脱出が最重要といい、人材育成への努力を強調しました。日経新聞では「米国に多いコミュニティカレッジは地域で必要な人材を育成している」(1月12日論説委員長
平田育夫)と言っています。「仕事」は生きる意欲につながります。就業準備をし生計維持ができるなら、社会全体の活力は増大し、潜在的な労働力も活性化します。一人あたりの労働時間は短縮、男女の家事分担は進み、ワークシェアリングが可能になる生産性向上が進みます。スキルのない非正規社員を雇用の調整弁に使うのではなく、正規・非正規の枠を越え、社会全体でスキル向上を支援し続ける
仕組みをつくるのです。生涯、学校-職業-学校-職業の循環を繰り返し、いつでも行きつ、戻りつできる人生を誰もが送ることができるようにする仕組みそれが、コミュニティに根を張ったコミュニティカレッジなのです。
(下図は堂山智子作成)
活力あるコミュニティを再生させる再職業教育、就業支援のための社会インフラとしてのコミュニティカレッジ
