月単位のアーカイブ: 3月 2010

若者のニューヨーク1950~60年代から

英字新聞2009Jan.11thと2010.Heb.7 thから、『ライ麦畑でつかまえて』の著者J.Dサリンジャーが91歳で1月27日老衰で死亡したとの記事とオードリー・ヘプバーンが演じた映画「ティファニーで朝食を」(トルーマン・カポーティ著)が制作からの50年を迎えて、未だなお好調な売れ行きであるという記事から、1950~60年代のニューヨークの若者像がよく見えます。

1951年『キャッチャー・イン・ザ・ライ』(『ライ麦畑でつかまえて』)で一躍アメリカ文学を代表する作家の仲間入りをしたサリンジャー。描写は何気ない日常風景の連続ですが、永遠の青春文学と評価されています。米国のみならず、全世界の若者に与えた影響ははかりしれず、発表以来60年近く経った今でも版を重ねています。しかし読むほどに虚無的で、気持ちが落ち込みます。

主人公ホールデン・コールフィールド(男性16歳)が成績不良で退学になったペンシー高校の寮をでてからニューヨークの街を放浪する3日間の話です。自身の落ちこぼれ意識や疎外感にさいなまれます。インチキが嫌いだが、うそつきで、無垢な妹に問いつめられて語った夢、それは広いライ麦畑で遊んでいる子どもたちが、崖っぷちから落ちそうになったとき、捕まえてあげる、そんな人間になりたい、とやっと前向きな発言をするのです。しかし、やけっぱちで攻撃的な言動、アルコールやたばこの乱用、売春・セックスに対する多くの記述などは退廃的な臭いがします。1950年代のニューヨークですね。

オードリー ヘップバーン

もう一つのトルーマン・カポーティの『ティファニーで朝食を』(1958年)の主人公は女性です。ヘプバーンを楽しく見るだけの映画、とでもいうところでしょうか。
ニューヨークを舞台に、自由奔放に生きるホリーは安アパート暮らしです。彼女の日課は、一流宝石店ティファニーのショー・ウィンドウを見ながら、朝食のクロワッサンを食べること、そしてアパートの窓にすわり、有名になった「ムーンリバー」をうたうのです。著者カポーネは、ヘプバーンの起用には大反対だったといわれています。

ニューヨーク

そりゃあーそうでしょうね。1950年代、テキサスからNYにあこがれて身ひとつでやってきた娘たちの「自立」を問う小説だったからです。「売春」とまがいの仕事しかない荒廃と繁栄を模索する1950~60年代のマンハッタンで、現実とはかけ離れたジパンシーのガウンをまとい、キュートではあるけれど、強がりで虚言を駆使し、独身女性が、男から金を引き出しながら現実をすり抜けながら生きていく物語なわけですから。

当時のNYは経済的停滞、犯罪率の上昇、人種間対立の高まりに苦しんでいました。ちょうど2人の男女「ホールデン・コールフィールド」も「ホリー・ゴライトリー」もそこに生きていた青春像だと言うことがわかります。最近村上春樹の新訳でこの2冊がでました。私は未だ読めていません。またニューヨークへ行きたくなってきました。(村上春樹訳:『テイファニーで朝食を』新潮社2008、『ライ麦畑でつかまえて』白水社、2003)

ブログ復活!

International Women’s Day は、日本では少し下火になっていますが、国際的には今も活発です。 まずはインドの話です。(March7th AP) インドのヒンドゥ教のアシュラム(修道場)で、貧しい村の少女たちにヒンドゥ教の修行する傍ら、学校に通わせ、コンピュータやミシンの技術教育もし、衣職住全てを提供しているという記事がありました。インドで女に生まれることは、自身も家族にもろくなことはありません。早々に結婚をさせるのにもダウリ(持参金)をつけねばなりませんし、性差別と身分差別(カースト)で、貧しければ貧しいほど殴られるのも当たり前、さげすまれるのも当然という環境になっています。それをなんとかしようというありがたい施設なのです。このアシュラムの教育方針は、「男性ができることは、女性は何でもできる」という励ましの言葉です「Men can do, Women can do anything too」。この言葉は、欧州では1970~80年代小学校から高校まで、そしてコミュニティカレッジにも教室の入り口に書かれて、女性を励ましたものでした。私もニュージーランドでも、オーストラリアでも感動してみつめたものです。

喜ぶ女性たち4月9日

喜ぶ女性たち4月9日

昨年7月の選挙でインド初のプラティバ・パティル女性大統領が誕生しています。

mimosa1mimosa2

mimosa3

写真3枚は、2006年3月8日、ローマにて筆者写す

International Women’s Day の歴史は1904年アメリカ・ニューヨークで女性労働者が婦人参政権を要求してデモを起こしたのがはじまりです。これを受け、ドイツのクララ・ツェトキンが、1910年(ちょうど100年前ですね)に、コペンハーゲンで開かれた国際社会主義者会議で、「女性の政治的な自由と平等のためにたたかう」記念日にしようと提唱されたことから始まりました。国連は1975年(国際婦人年)の3月8日以来、この日をInternational Women’s Dayと定め、現在では事務総長が女性の十全且つ平等な社会参加の環境を整備するよう、加盟国に対し呼びかける日となっています。 2000年には、国連人権高等弁務官のメアリー・ロビンソン(Mary Robinson:アイルランド初の女性大統領)が21世紀にむけて「女性が権利の獲得に向けたこれまでの歩みを祝うと同時に、女性被害者は、いまだに跡を絶たないことを想起する日」であると明言する文書を発表したのです。 イタリアでは女性がお互いにミモザ(ギンヨウアカシアーCootamundra wattle)の花を贈り合い(もともと男性が女性に贈る習慣がある)、この季節を迎えると街中にミモザの花がみられるのです。

「新しい公共」に春風は吹くか

春風は、行方を定めず気ままですね。
きのうの夕刻からまたびっくりするほど寒くなりました。
最近では、植木鉢を出したり入れたりしています。
それでもいきなり低温にさらされるともう生きては戻れない蘭もあります。

3月12日、日本NPO学会のシンポジウム『東アジアにおける社会的企業の台頭と挑戦』立命館大学)に出席しました。NPOや社会的起業という概念は、アメリカや欧州が先輩ですが、近年は東アジアでも活動も研究も広がっているということです。

背景にアメリカや欧州がありながら、昨年来の金融危機以来の経済不況により、政府の期待値も上がっているのです。日本国内でも政権交代に伴い、社会的起業・NPOに対する認識も変化しています。昨年末、民主党政権は新・経済成長戦略を出し、そこでの6つの柱のうちの「雇用・人材戦略」においては、公共サービスの提供や雇用創出の担い手として、NPOや社会的起業への期待と支援が表明されています。「新しい公共」という概念で政策が進められようとしており、NPOへの新しい税制改正案も衆議院を通過しました。しかし、私などはいつまで経ってもコミュニティカレッジという政策には到達しないナーと待ちくたびれている感があります。

実際のところ、日本ではNPOへの評価も社会的起業に対する実証的研究も未だ未だこれからというところのようです。今回のシンポジウムではアメリカのジャネル・カーリン(Janele A Kerlin)さんが、基調講演で、アメリカ、日本、西欧、中欧、アルゼンチン、ジンバブエ・ザンビア、東南アジアについて、「発展基盤がどこにあるか」、「国家や市民社会の能力の程度」「市場の機能」などについて分析されました。

日本の場合は、発展の基盤は政府が中心で、市民社会の能力は弱く、NPOや社会起業家は市場の機能に委ねられている(つまり必死に事業型を追求している)というのが概略でした。台湾や韓国からも報告がありましたが、韓国のNPOは、認証数は300程度と少ないようですが、雇用創出をしているという意味で、国が人件費を出すのだそうです。

2004年の韓国訪問では、女性たちの多くがM字型の2つ目の山の就業時期をNGO(どういうわけかNPOでなく、NGOといっていました)として、活躍していました。それとは違って社会的企業育成法が2007年に施行され、そこでは土地や建物の賃貸や税金や雇用保険料等の補助などもおこなわれているそうです。

日本の「新しい公共」政策ももっと早く進むといいなと願っています。事業型をめざすといっても株式会社と自治体の委託事業を競争するのは、とてもきついのです。かといって「ボランティアでも志があればいい」ともいえないわけです。

帰りに寄った北野天満宮では、枝の下から開花する梅の花がもう先っぽまで満開でした。
未だ就職が決まっていない女子学生や合格祈願者が列をなし、じっと手を合わせる姿に、天満宮でも閉館時間を過ぎても、黙って門を開けているのでした。

北野天宮での梅林 その1

北野天宮での梅林

北野天宮での梅林 その2北野天宮での梅林 その3