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アジア(日・中・韓)女性フォーラムに参加しました その3

中国のコミュニティ・カレッジとヤン・ウエンさん

慶州コモドホテルの喫茶ルームで山東省の「山東英才学院」の揚文(ヤン・ウエン)教授(大学議長:chair person)から職業教育を中心にした彼女の大学の話を聞きました。中国で私立の大学とは珍しいなと思いましたが、やはりここは職業教育中心の高等教育機関で、いうならばコミュニティ・カレッジです。2002 年には民営教育促進法が成立し、国が民営教育機関の営利性を認め、政府が適切な助成を行うことが定めらました。ただし、私学助成は、省政府の判断に委ねられるため、ここでは政府の支援はないそうです。中国はマーケットの開放で産業界の爆発的な要望に追いつかないほどの需要でそれに必死で応えているようです。

コースは

(1) Business(ビジネス)
(2) Mechanics and Automation(土木・建築)
(3) Engineering(機械・加工)
(4) Management(物流管理
(5) Computer Science
(6) Foreign Languages(外国語;英語、韓国語)
(7) Law (法律・法律事務)
(8) Preschool Education(体育・音楽)
(9) Art & Design

アジア(日・中・韓)女性フォーラム その3 001

スーパーマーケットの実習

自動車修理の実習

自動車修理の実習

学生寮

学生寮

アジア(日・中・韓)女性フォーラム その3 004

ヤン・ウエン教授(1960年12月生)は、山東英才学院の議長。彼女は英国のノッティンガム大学で子どものための英語教育方法論を学び、山東大学で教えました。彼女は就学前教育の専門家としても有名で、彼女の「子どものために全英語教育方法論」は、「最もすばらしい英語教育方法」としてリストアップされています。彼女には「子どもために英語教育」についての多く著書もあります。1995年に彼女は私立の山東Training学校を設立しました。その後山東 Education Groupに提携されました。
ヤン・ウエンさんは、山東省の女性たちの連帯にも重要な役割を果たしています、数々の委員、山東省の若者連盟の常務委員や女性の起業家協会では総副秘書長もしています。ヤン・ウエンさんは、「中国の有能な母10人」や、「中国国際労働の日3月8日推進委員」など数々の賞や名誉なタイトルも獲得しました。

ヤン・ウエンさんのまっすぐで、人なつっこい笑顔にのびゆく中国の底力を感じました。中国女性の迫力とスピードをも肌身で感じました。この会で、壇上に登った中国の女性起業家たちの若かったことが印象的でした。
写真は 揚文(ヤン・ウエン)さん  HP(www.yccy.com)から

アジア(日・中・韓)女性フォーラムに参加しました その2

お茶

お茶のセレモニーがありました。ゆったりしているので、大阪人には少しまどろっこしい。朝鮮半島では、高麗時代までは仏教の影響で、お茶文化が盛んだったようです。しかし李朝鮮時代には仏教弾圧、お酒を重視する儒教文化の影響などで、仏教とともに伝来してきたお茶文化は寺院や王室など一部を除き衰退したそうです。日本のように緑茶ではありません。日本では秀吉以来「茶」は男のものになっていき、やがて明治大正時代からは女の礼儀作法として一般人に広がっていきましたが、韓国はどんな歴史があるのでしょうね。やはりそこも同じなのかもしれません。むかーし、昔未だ10代の頃、私の抵抗に母親は「そんなことではお嫁にいけませんで」といいました。私はもう一度、「お花を活ける床の間なんてなくなるわ。わたし、着物は大嫌い!」と付け足してしまいました。

アジア(日・中・韓)女性フォーラム その2 001

アジア(日・中・韓)女性フォーラム その2 002

未来の女性像をめぐって

アジア(日・中・韓)女性フォーラム その2 003

まず中国北京大学助教授 马 风芝(Ma fengzhl写真左マイク)さんのお話を聞きましょう。タイトルは「社会の発展は道半ばですー中国における女性の過去、現在、そして未来」です。(同時通訳で聞きながらのメモを頼りの報告です。中国語の正確さには自信がありません)

男女平等は人間としての最も基本的な社会の礎です。しかし過去の中国においては封建主義に抑圧され、女性は家の中に縛られてきました。中国は今や13億の人口を持つ世界で最も人口の多い国となりました。女性は人口の半分を占めています。

中国の共和国設立前は、中国の女性は数千年の長きにわたって封建制度の抑圧を受け、さらにその後の約100年は植民地支配による屈辱を受けてきました。この間、男性中心の社会統治下で政治的、経済的社会的平等はおろか個人としての独立もなく、家の中だけに閉じこめられてきました。中国の女性は封建主義と資本主義の二重の抑圧の中にいたのです。やがて辛亥革命(1911年)、五四運動(1919年)を発端に中国全土に反帝国主義運動が盛り上がり、女性の解放運動もそのころから始まりました。1904年3月8日、アメリカで女性労働者が参政権を求めてデモを行いました。これを受け、1910年の国際社会主義者会議において、3月8日を女性の権利獲得や男女平等の記念日として「国際女性労働者デー」とすることが提唱されました。

中国政府は1924年に国際女性労働者デーを採用し、1950年3月8日には第1回国際女性労働者デーの記念式典を行いました。以来、毎年3月8日に全国各地で記念式典が開かれています。また中国政府は特に目覚しい活動をした女性をこの日に表彰します。国連でも1975年に3月8日を国際女性デーと定め、加盟諸国に女性の権利獲得や社会参加を呼びかけています。

第1
女性の解放はまず何よりも重要です。女性が自由を得、人権を確立することが社会発展の礎です。この動きは世界中を燎原の火のごとく燃え広がりました。

第2
もう一つは封建制からの解放です。女性はその昔、学問も受けられず、足は纏足で
歩くこともできない状態でした。

1949年の新中国の成立以来、男女平等に関してはすべてが一新しました。1954年、女性の参政権が確立し、あらゆる分野での男女平等が確立しました。その後、婚姻法や土地改革法、選挙法などが制定され、教育においても、家庭生活においても、保健面でも平等が確保されました。中でも著しい発展は、80年代以降です。男女平等は、国家の最高重点項目と位置付けられました。そして1995年9月、第4回世界女性会議が北京市で開催され、当時の国家主席江沢民代表が中国政府として世界に宣言をしたのです。「男女平等という尺度は社会発展の尺度です。男女平等を国の最重点項目として、経済、法律、行政などのあらゆる分野で、男女の平等を実現するために努力する」と。

当初から「女性は天の半分を支える」(毛沢東1968年)といわれてきましたが、この1995年の北京世界女性会議を契機として改革が大幅に進みました。
例えば、女性の就業人口比は45.4%,GDPに占める女性の労働力は40%、女性の起業家比率は25%となり、さらに教育や文化・体育の分野での女性の飛躍は男性を上回っています。

教育の分野では、新中国成立期には、女性の文盲率は90%以上でしたが、2008年では、初等学校入学比率は99.54%、普通高校では48.16%、大学院も34.7%に増加しています。今や高等教育を受けた女性は1千万人に達しています。

家庭においても男女平等な家庭が増えています。「恋愛結婚」は1949年当時では38%だったのが、今や75%になっています。社会的活動や政治参加においても全国で670人の女性の正副市長が誕生しています。この数字は1995年の倍になりました。公務員の約40%を女性が占めています。

このように、特にこの30年余、中国の男女平等による経済・社会の発展は大幅に進んできました。今後とも中国に残っている社会的・文化的な男女不平等をなくし、男女平等社会をつくり、社会経済の発展を進めていきたいものです。これは中国女性発展綱領(2011~2012)にも掲げられているものです。男女が平等にともに発展し、幸福を享受するということは世界共通の課題です。中国、韓国、日本、この三国はともに長い歴史を持つ国です。また儒教的文化に育まれて発展した国でもあります。ともに三国が相互に協力しあいながら、男女平等に向けて頑張っていきましょう。女性が経済の分野にますます進出し、社会の発展に寄与するならば、社会的貧困も解消されていくことでしょう。この社会の持続的発展は、三国の女性の力量にかかっているのです。

ホテル6Fより(同行の滝澤祥さん写す)

ホテル6Fより(同行の滝澤祥さん写す)

アジア(日・中・韓)女性フォーラムに参加しました

9月25日から27日まで韓国慶州でのアジア女性フォーラムに参加しました。韓国は本当に近いです。ソウルしか行ったことがなかったのですが、釜山空港は一層近かったです。稲穂が色づき、桜の紅葉がはじまり、なだらかな山々にお寺が囲まれて、京都や奈良とよく似た風景です。ただ縦型、横型のハングル文字が、外国なのだと思い知らされます。

ここ慶州歴史地区は新羅王朝が建設されて(紀元前57年)から、約1000年、王朝の都として栄えた町です。百済と高句麗を滅ぼした新羅(668年)は三国史時代に終止符を打ち、全国統一をしたのです。仏教を取入れた政治手法も日本の奈良時代と酷似しています。だから茶道や華道もルーツは一緒です。

さてフォーラムですが、大きなホテルに300人以上の民族衣装の女性たちが集まってみんなで同時通訳で同じお話を聞くというスタイルでした。女性の経済的平等(女性起業家の推進も)と文化の交流が中心テーマでした。

通常の国際的なコンファレンスと違って英語がメインにならないのは、参加者が最も多く、女性たちの声も大きい中国を配慮したのかもしれないという感想を持ちました。それに壇上でのVIPを中心とした団体やあるいは個人の記念撮影時間が多いこと、その間すべては中断します。討論や意見交換の場というより公式発表の場です。発表の前振りには、多くの方への謝辞が続きます。その中でも興味のあるテーマが多くありました。次回のメッセージ欄に報告をします。

アジア(日・中・韓)女性フォーラム001

アジア(日・中・韓)女性フォーラム002

仏国寺

仏国寺

私たちもこんな風に

私たちもこんな風に

NPO法人女性と仕事研究所からのお願いと提案

第7回キャリアアドバイザーのつどい(2011年9月17日)にて 
金谷千慧子

変革の時期をむかえて

9・11から10年、3・11から半年、世界的にも、国内的にも大変革の時期を迎えています。人間(男性)が自然を征服できる、人間(男性)の知能でできないことはないという思い上がりと状況判断の誤りが、テロ戦争の大失敗、イスラム教への憎悪の増幅をまねき、地球の破壊と自然災害の過酷化に確実につながってきました。
地震・津波・原発は東北地方の問題だけではもちろん、ありません。想定外などという言葉で「いのち」を、「くらし」を、「文化」を、「歴史」を消し去ることにストップをかけ、新しい変革の過程をつくりださねばならないのです。
新しい変革の時期には、新しい主役たちが踊り出なければならないのです。チェンジリーダーの季節です。新しい主役たちは思い上がりや状況判断の誤りを犯さないよう、人間関係を縦型ではなく横型で組み、言葉と高品質の実力(Power)で協力関係を拡大していくことでしょう。これがまさしくフェミニンリーダーシップです。

女性と仕事研究所の変革期

女性が子どもを育てながら(夫がいるかどうかを問わず)、自分の人生を社会的にも謳歌できるしくみに組み替えていきたいと活動しはじめて(1993~)18年、その前の再就職支援センターの活動を含めると(1986~)25年が経ちました。こんなにゆっくり時間がかかるとは思っていませんでしたが、活動のキーパーソンたちの高齢化は避けられず、新しいキーパーソンたちを迎えたいという切なる思いでおります。

お願いとご提案

女性と仕事研究所では、現在のキーパーソンたちは2013年度をメドに新たな人材への引継いでいただくための準備を進めていく予定です。しかし、限られたキーパーソンたちだけでは、既存の事業と組織の管理と運営を行うとともに、新たな事業の開発や組織体制の整備を進めることは容易ではありません。このため、以下のお願いとご提案をいたします。
・女性と仕事研究所への継続的なご支援
・新しいキーパーソンとしてのご参加
・裏面にあるプロジェクトへのご協力