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	<title>女性と仕事研究所　金谷千慧子　今月のメッセージ &#187; 未分類</title>
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	<description>ＮＰＯ特定非営利活動法人「女性と仕事研究所」代表 金谷千慧子が毎月送ります。</description>
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		<title>中欧の旅　⑥　退職カップルのツアーに紛れ込んでー現在夫婦事情</title>
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		<pubDate>Thu, 05 Aug 2010 06:55:34 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
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		<description><![CDATA[今回のツアーは１０組のカップルと母娘３組、家族１組、その他友人同士、一人参加７人という大所帯であった。多数派は退職後のカップルで、ヨーロッパツアーの典型的な参加状況かもしれない。何度も「お一人ですか」と聴かれるので、なぜ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>今回のツアーは１０組のカップルと母娘３組、家族１組、その他友人同士、一人参加７人という大所帯であった。多数派は退職後のカップルで、ヨーロッパツアーの典型的な参加状況かもしれない。何度も「お一人ですか」と聴かれるので、なぜ聴くのですかとたずねると「旅慣れていらっしゃる」とか「自信があるのですね」とか「私も一人でこれるかもしれないと思いました」とおっしゃった。「お父さん、お薬よ」「お父さん、ここで写して」などなど、指示を出しながらも、飛行機もバスも食事も買い物もすべてぴったりと寄り添ってとても和やかな光景。団塊の世代の企業からの退出で、今回は「へそくり」からでなく、お父さんの出費で、お父さん連れで参加していらっしゃるようだ。</p>
<p>パートで働いているお母さんも半分。お父さんは「老後は“これに”任せていますので、何の心配もありません」とか「うるさくて、うるさくて」とか「水、３本買ってこい」とか、日常生活そのままである。なにしろヨーロッパも気候変動で熱波の夏、バスに積み込まれた水は必需品。それでも一度たりともお父さんが運転手に１ユーロを持って水を求めにきたことはなかった。母娘３組の２人は仕事をしていて、「姉たちのような結婚はしたくない。親と同居で浮いたお金で海外旅行をしたい」とか「一人暮らしをしたい。でも無理」、「仕事を辞めたところです。後のことはまだ考えていません。旅行にも行けない仕事なんて」といっていた。</p>
<p>未婚のカップルがいた。いつもぴたっと手を握りあって、この暑さにもトイレで分かれる以外はいつも堂々の握りしめカップルだった。一人参加の男性が「僕もしてほしいわ」と半ばセクハラ発言を繰り返している。彼女は「子どもができても働き続けたい。親も姉もスタンバイしてくれているので大丈夫！」と言った。旅の終わりに旅行社（添乗員）がこのカップルに「幸せになってください」とお祝いの品を渡した。私もこのカップルに期待したいと切に思った。</p>
<div class="mceTemp">
<div id="attachment_770" class="wp-caption alignleft" style="width: 264px"><a href="http://www.women-work.org/message/wp-content/uploads/2010/08/b6ca45a9b484c207972e612bfa680ed9.jpg"><img class="size-medium wp-image-770" title="近くの保養所へ行く二人（ウィーンで）" src="http://www.women-work.org/message/wp-content/uploads/2010/08/b6ca45a9b484c207972e612bfa680ed9-225x300.jpg" alt="近くの保養所へ行く二人（ウィーンで）" width="254" height="315" /></a><p class="wp-caption-text">近くの保養所へ行く二人（ウィーンで）</p></div>
</div>
<div id="attachment_764" class="wp-caption alignleft" style="width: 274px"><a href="http://www.women-work.org/message/wp-content/uploads/2010/08/b863a4bc2e51c4192c0e89629291a6591.jpg"><img class="size-medium wp-image-764 " title="ブタペスト郊外のガソリンスタンドで。１箱、円では半分の額" src="http://www.women-work.org/message/wp-content/uploads/2010/08/b863a4bc2e51c4192c0e89629291a6591-300x225.jpg" alt="ブタペスト郊外のガソリンスタンドで。１箱、円では半分の額" width="264" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">ブタペスト郊外のガソリンスタンドで。１箱、円では半分の額</p></div>
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		<title>中欧の旅　⑤　ドナウの真珠―　クルーズ</title>
		<link>http://www.women-work.org/message/archives/744</link>
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		<pubDate>Thu, 05 Aug 2010 06:05:50 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
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		<description><![CDATA[ハンガリー人の黒髪、黒い瞳は欧州で唯一のアジア系民族(マジャール人)を表しています。日本人などと共通で赤ん坊に蒙古斑があるということです。ハンガリーはヨーロッパのほぼ中央、ドナウ川中流に盆地状に開けた平原ですが、繰り返し [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p align="left">ハンガリー<span style="color: #000000;">人の黒髪、黒い瞳は欧州で唯一のアジア系民族(マジャール人)を表しています。日本人などと共通で赤ん坊に蒙古斑があるということです。ハンガリー</span><span style="color: #000000;">はヨーロッパのほぼ中央、ドナウ川</span><span style="color: #000000;">中流に盆地状に開けた平原ですが、繰り返しヨーロッパに侵入したアジア系遊牧民</span><span style="color: #000000;">やスラブ人</span><span style="color: #000000;">などの周辺民族やオーストリア</span><span style="color: #000000;">・オスマン帝国</span><span style="color: #000000;">などの周辺諸国の影響を受けてきました。そして、異民族との攻防には、波乱に富んだ圧政と反抗の歴史が刻まれています。首</span>都ブタベストは、「ドナウの真珠」と呼ばれ、ドナウをはさんで、西が歴史の街「ブダ」（畑）、東が近代的な商業地区「べスト」（かまど）をつないだのが鎖橋（くさりばし）です。続いて皇女マルガリーテで有名なマルガリーテ橋があります。ブタベストは、ユネスコの世界遺産にも指定され、世界で最も美しい首都の一つといわれています。ローマ時代の遺跡、ロマネスク様式の教会、古城が、数多く全国に残されています。</p>
<p align="left">社会主義圏にあっては、いち早く民主化を進め、東欧革命の芽を蒔きました。以前（2006年）訪れた時は、大学人や労働組合の人が、失業が深刻で自由主義経済をどう受け止めていけばいいのかと深刻な顔つきでした。でも今回ブタベストの街は活気にあふれ、足早に駆け回った広いショッピングモールでしたが、Sailの値札の下、夜９時までレジを待つ人の行列でした。</p>
<p align="left">夜ツアーを離れてクルーズに出かけました。なかなか夜の帳が降りず、９時近くに涼しい夜風とともにドナウ川を遊覧しました。この旅で一番心癒やされた時間滞だったかもしれません。「“100万ドルの香港”とは違うなー、けど落ち着くなー、この色合いは」と隣の日本人客が言っていました。</p>
<div id="attachment_745" class="wp-caption alignnone" style="width: 235px"><a href="http://www.women-work.org/message/wp-content/uploads/2010/08/e97d6e6f330c9802e2f452b2aa2bff8f.jpg"><img class="size-medium wp-image-745" title="ドナウクルーズくさり橋" src="http://www.women-work.org/message/wp-content/uploads/2010/08/e97d6e6f330c9802e2f452b2aa2bff8f-225x300.jpg" alt="ドナウクルーズくさり橋" width="225" height="300" /></a><p class="wp-caption-text">ドナウクルーズくさり橋</p></div>
<div id="attachment_759" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://www.women-work.org/message/wp-content/uploads/2010/08/23761513.jpg"><img class="size-medium wp-image-759 " title="王宮を見る" src="http://www.women-work.org/message/wp-content/uploads/2010/08/23761513-300x224.jpg" alt="王宮を見る" width="300" height="224" /></a><p class="wp-caption-text">王宮を見る</p></div>
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		<title>中欧の旅　④  Ｄｅａｔｈ　Ｃａｍｐ―アウシュビッツ</title>
		<link>http://www.women-work.org/message/archives/720</link>
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		<pubDate>Mon, 02 Aug 2010 08:32:47 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
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		<description><![CDATA[ポーランドのみならず、ヨーロッパにはこんなに多くの教会があり、「汝の敵を愛せよ」と祈りを捧げてきた人たちが、民族殲滅をモットーに、かくも残忍に人間を殺戮し続けることをどうして阻止できなかったのだろうか。ガス室、焼却炉、銃 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div id="attachment_727" class="wp-caption alignnone" style="width: 208px"><a href="http://www.women-work.org/message/wp-content/uploads/2010/08/7efc32d25f36377c1d4bd806da0781b4.jpg"><img class="size-medium wp-image-727" title="あれから７０年の間に" src="http://www.women-work.org/message/wp-content/uploads/2010/08/7efc32d25f36377c1d4bd806da0781b4-198x300.jpg" alt="あれから７０年の間に" width="198" height="300" /></a><p class="wp-caption-text">あれから７０年の間に</p></div>
<p>ポーランドのみならず、ヨーロッパにはこんなに多くの教会があり、「汝の敵を愛せよ」と祈りを捧げてきた人たちが、民族殲滅をモットーに、かくも残忍に人間を殺戮し続けることをどうして阻止できなかったのだろうか。ガス室、焼却炉、銃殺の壁、公開絞首刑の場、丸坊主にして殺害された女性たちの人毛約２トン、人毛で織られた毛布、約40キロの眼鏡、約460本の義手や義足、８万足以上の靴（子どもの靴も多い、これで20分の1とか）などなどがほんものの力で押し寄せてくる。アウシュビッツは人類にとって暴力的抑圧、虐殺、ホロコーストの象徴となったユネスコの負の世界遺産である。アウシュビッツ強制収容所（英語ではDeathCampとある。この方が適切である）は第２次世界大戦中、1940年ドイツ軍によって占領されていたポーランドのオシフィエンチムの郊外に、ヒットラーのナチスによって作られた。オシフィエンチムの町の名は、アウシュビッツに変えられ、同時に強制収容所の名前になった。</p>
<p><a href="http://www.women-work.org/message/wp-content/uploads/2010/08/d29b34b37982074ce3c7637e883c84e0.jpg"><img class="alignnone size-medium wp-image-732" title="アウシュビッツ２号・ビルケナウ収容所" src="http://www.women-work.org/message/wp-content/uploads/2010/08/d29b34b37982074ce3c7637e883c84e0-300x224.jpg" alt="アウシュビッツ２号・ビルケナウ収容所" width="300" height="224" /></a></p>
<p>はじめはポーランド人の政治犯を収容するためにつくられたがが、しだいにカソリック教徒や神父、ロマ、ソ連軍捕虜も収容され、1942年からはヨーロッパにおけるユダヤ人絶滅センターとなった。ユダヤ人は、性別・年齢・職業・国籍、政治思想を問わず“ユダヤ人”であるという理由だけで殺戮された。新しく連行されてきたユダヤ人は、ゲシュタボの選別で労働に適さないとされ、ガス（チクロンＢ）室で衣服を脱がされ毒殺された。かれらは囚人として登録されることもなく、囚人としての番号もつけられなかった。そして隣の焼却炉で灰になった。それらの作業は働けると識別された囚人の仕事である。彼らの労働で強制収容所は拡張され、第１アウシュビッツ強制収容所、第２アウシュビッツ・ビルケナウ強制収容所（こちらの方が残酷、アムステルダムで捕らえられたアンネ・フランクもここで死んだ）、第３アウシュビッツ・モノヴィツ強制収容所という３つの大規模施設と40を超す小規模収容所を構成するに至った。これらの施設は労働に耐えられると選別され、ガス室へ送られなかった（まさにArbeit machat frei）囚人の強制労働によって整備されていった。</p>
<p>「囚人」、この言葉は魔法である。何の罪もない人に「囚人」と名付け、「囚人服」(薄くて寒かった)を着せたとたんに、殺すこと、殺されることに抵抗できなくなる不思議、灰にされてしまった人の衣類や鞄、所持品やホーローの粗末な食器まで、すべての所持品を選別して本国へ輸送する。今きた車両に積み込む作業もするのも「囚人」である不思議。さらにはヒットラーが選挙で選ばれた総督だという不思議も・・・何とも納得はいかない。</p>
<div id="attachment_736" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://www.women-work.org/message/wp-content/uploads/2010/08/94077cc8d20f7198f1eb4741d35073231.jpg"><img class="size-medium wp-image-736" title="収容所内部" src="http://www.women-work.org/message/wp-content/uploads/2010/08/94077cc8d20f7198f1eb4741d35073231-300x224.jpg" alt="収容所内部" width="300" height="224" /></a><p class="wp-caption-text">収容所内部</p></div>
<p> アウシュビッツにはたった一人の日本人の日本語ガイドがいる。名前を中谷剛さんという。中谷剛さんは難関のポーランド語による試験を突破して1997年からこの博物館のガイドをしている。中西氏は最初に、「皆様にそよ風を運んでいるこの大木の並木道、この樹木は65年を経て大木になりました。両側の赤い煉瓦作りの収容所に映えて、一見大学などとよく似た風景に見えるかもしれません」。「65年前、沼地だったここで、囚人たちが水につかりながら飲まず食わずの重労働で、基礎工事に煉瓦積み、苗木を植えたのが今の姿なのです」と。「今から約３時間かかります。気分が悪いとおっしゃる方もあります。でも何かを感じてほしいのです。これからの日本人にとってとても重要な平和への手がかりがあると思うからです」とも。中谷氏の「私は一人の人間として少しでも平和に貢献できたらと思ってやっています」という真摯なかたち口にホントに心打たれた。アウシュビッツへ行かれる場合：中谷氏には要予約  FAX48-33844-0311E-mail <a href="mailto:nakatani@wp.pl">nakatani@wp.pl</a></p>
<div id="attachment_738" class="wp-caption alignnone" style="width: 235px"><a href="http://www.women-work.org/message/wp-content/uploads/2010/08/f9d41f6d4614332c28e3e162c3bcb413.jpg"><img class="size-medium wp-image-738" title="アウシュビッツ第１収容所" src="http://www.women-work.org/message/wp-content/uploads/2010/08/f9d41f6d4614332c28e3e162c3bcb413-225x300.jpg" alt="アウシュビッツ第１収容所" width="225" height="300" /></a><p class="wp-caption-text">アウシュビッツ第１収容所</p></div>
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		<title>中欧の旅　③  マリオネットに込められた願いー魔女は健在でした</title>
		<link>http://www.women-work.org/message/archives/682</link>
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		<pubDate>Mon, 02 Aug 2010 07:34:29 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
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		<description><![CDATA[チェコの伝統芸能マリオネットは有名である。国立マリオネット劇場はその日も公演していたのだが、時間に間に合わずいけなかった。大人料金で2000円程度、プラハだけでも50以上の劇場があり、それぞれ各地方都市それぞれに、劇場や [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div id="attachment_701" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://www.women-work.org/message/wp-content/uploads/2010/08/0c73981aa8e42d8ca1b141b11df4e142.jpg"><img class="size-medium wp-image-701 " title="お店の前で「まあ美しい！」" src="http://www.women-work.org/message/wp-content/uploads/2010/08/0c73981aa8e42d8ca1b141b11df4e142-300x224.jpg" alt="お店の前で「まあ美しい！」" width="300" height="224" /></a><p class="wp-caption-text">お店の前で「まあ美しい！」</p></div>
<p>チェコの伝統芸能マリオネットは有名である。国立マリオネット劇場はその日も公演していたのだが、時間に間に合わずいけなかった。大人料金で2000円程度、プラハだけでも50以上の劇場があり、それぞれ各地方都市それぞれに、劇場や劇団を持っている。午後８時からでどこの劇場も毎日満員の状態。残念だった！</p>
<div id="attachment_684" class="wp-caption alignnone" style="width: 244px"><a href="http://www.women-work.org/message/wp-content/uploads/2010/08/fb4934c2cb1faf1d0c49e578c526d62c.jpg"><img class="size-medium wp-image-684" title="カレル通りの「王の道マリオネット劇場」" src="http://www.women-work.org/message/wp-content/uploads/2010/08/fb4934c2cb1faf1d0c49e578c526d62c-234x300.jpg" alt="カレル通りの「王の道マリオネット劇場」" width="234" height="300" /></a><p class="wp-caption-text">カレル通りの「王の道マリオネット劇場」</p></div>
<p>それぞれの公立人形劇場では、公的資金として１億4・5000万円～２億円ぐらいの予算が国から出ていて50人ぐらいで運営しているそうである。チェコの人形劇はイタリア方面の旅芸人が持ち込んだものだが、18～19世紀ハプスブルグ家の支配を受けていたころドイツ語使用が強制され、その抵抗として人形劇ではチェコ語を通したのだそうだ。民族復興運動とともに知識人や芸術家の支援もあり、スメタナやドボルザークも人形劇のために曲を書いていている。</p>
<div id="attachment_686" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://www.women-work.org/message/wp-content/uploads/2010/08/14060caaa4255690b3d72f0b73ddcead.jpg"><img class="size-medium wp-image-686" title="劇場入り口、今日の出し物も「ドン・ジョバンニ」" src="http://www.women-work.org/message/wp-content/uploads/2010/08/14060caaa4255690b3d72f0b73ddcead-300x224.jpg" alt="劇場入り口、今日の出し物も「ドン・ジョバンニ」" width="300" height="224" /></a><p class="wp-caption-text">劇場入り口、今日の出し物も「ドン・ジョバンニ」</p></div>
<p>「チェコ国立芸術アカデミー」（芸術大学）には人形劇学部があり、人形劇を専門に勉強することができる。卒業後は劇場や劇団で活躍する将来設計が可能であるという。それを知ってやっとわかったのが、ロンドンで、芸術大学の日本人女子学生が、プラハの人形劇に出会って、専攻を変えようか迷っているという話を聞いたことである。「わざわざどうして？」なんて思ってしまっていたが、はじめて理解できた。</p>
<p>プラハの街では、あらゆるマリオネットを陳列しているお店や土産物やさんもあり、カレル橋では人形を操っているおじさんもいる。また多くの大道芸人が自分の芸を磨いていて、彼らはそれで食べていける程度に収益もあるのだという。</p>
<p>マリオネットを売っているお店には、魔女のマリオネットもいた。魔女が集積しているお店もあった。「うちはハンドメイドなんだ。手を叩くと目が光って声を出すんだ」と自慢しているおじさんからあまり気高い顔つきではない魔女を買った。私が求めている凛とした魔女ではないのでやはりあまり気に入っていない。</p>
<div id="attachment_688" class="wp-caption alignnone" style="width: 234px"><a href="http://www.women-work.org/message/wp-content/uploads/2010/08/599bd9d48e5c816dc75121dc9d501083.jpg"><img class="size-medium wp-image-688" title="プラハ旧市街の旧市庁舎の天文時計　毎時に仕掛けが動く、植の小窓から鶏が顔を出す、集まった観光客から一斉に拍手がわく" src="http://www.women-work.org/message/wp-content/uploads/2010/08/599bd9d48e5c816dc75121dc9d501083-224x300.jpg" alt="プラハ旧市街の旧市庁舎の天文時計　毎時に仕掛けが動く、上の小窓から鶏が顔を出す、集まった観光客から一斉に拍手がわく" width="224" height="300" /></a><p class="wp-caption-text">プラハ旧市街の旧市庁舎の天文時計　毎時に仕掛けが動く、上の小窓から鶏が顔を出す、集まった観光客から一斉に拍手がわく</p></div>
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		<title>中欧の旅  ②　げにうつくしきプラハの街</title>
		<link>http://www.women-work.org/message/archives/670</link>
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		<pubDate>Tue, 27 Jul 2010 09:47:54 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[未分類]]></category>

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		<description><![CDATA[―百塔の街でのオバマ大統領の核軍縮演説
プラハの新市街には、実ることなく終わった「プラハの春」のバーツラフ広場がある。1960年代、共産主義への批判が高まりより自由な社会をめざすべく改革の機運が高まった1968年から、一 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><strong>―百塔の街でのオバマ大統領の核軍縮演説</strong></p>
<p>プラハの新市街には、実ることなく終わった「プラハの春」のバーツラフ広場がある。1960年代、共産主義への批判が高まりより自由な社会をめざすべく改革の機運が高まった1968年から、一気に改革派の自由獲得へ動きが活発になった。それに批判的なワルシャワ条約機構諸国は、改革を阻止するために軍事介入を決行。ヴァーツラフ広場に戦車を乗り入れ、「プラハの春」は実ることなく終結したのだ。その後1989年、再度学生デモが発端となり、共産党政権が崩壊。改革派が第一書記に就任した。無血で改革が成功したため「ビロード革命」といわれている。「プラハの春」は失敗に終わったように見えたが、その間脈々と自由への機運が流れていたのである。プラハには社会主義時代のチェコがわかる博物館（Museum of Communism)がある。マルクスが資本主義はやがて青銅の斧と共に「博物館」入りすると言っていたのに、Communismが博物館入りしている現状をどう説明するのだろうか、思ってしまう。</p>
<p>2009年4月5日のオバマ大統領の演説には、「プラハの春」と「ビロード革命」への敬意が語られており、そのことが自分とヨーロッパ、プラハを繋げたのだといっている。</p>
<p>オバマのプラハ演説のポイントを少し引用する。</p>
<p style="padding-left: 30px;">米国は、核兵器国として、そして核兵器を使ったことがある唯一の核兵器国として、行動する道義的責任がある。米国だけではうまくいかないが、米国は指導的役割を果たすことができる。</p>
<p style="padding-left: 30px;">今日、私は核兵器のない世界の平和と安全保障を追求するという米国の約束を、明確に、かつ確信をもって表明する。この目標は、すぐに到達できるものではない。おそらく私が生きている間にはできないだろう。忍耐とねばり強さが必要だ。しかし我々は今、世界は変わることができないと我々に語りかける声を無視しなければならない。</p>
<p>　　　まず、米国は、核兵器のない世界を目指して具体的な方策を取る。</p>
<p style="padding-left: 30px;">今朝我々は、核の脅威に対応するため、より厳しい新たな手法が必要なことを改めて思い起こした。北朝鮮が長距離ミサイルに利用できるロケットの実験を行い、再び規則を破った。</p>
<p style="padding-left: 30px;">しかし誤ってはならない。我々は、そうした道がどこへ至るかを知っている。国々や人びとがそれぞれの違いによって定義されることを認めてしまうと、お互いの溝は広がっていく。我々が平和を追求しなければ、平和には永遠に手が届かない。協調への呼びかけを否定し、あきらめることは簡単で、そして臆病（おくびょう）なことだ。そうして戦争が始まる。そうして人類の進歩が終わる。</p>
<p style="padding-left: 30px;">その声こそが、今なおプラハの通りにこだましているものだ。それは６８年の（プラハの春の）亡霊であり、ビロード革命の歓喜の声だ。それこそが一発の銃弾を撃つこともなく核武装した帝国を倒すことに力を貸したチェコの人びとだ。</p>
<p style="padding-left: 30px;">人類の運命は我々自身が作る。ここプラハで、よりよい未来を求めることで、我々の過去を称賛しよう。我々の分断に橋をかけ、我々の希望に基づいて建設し、世界を、我々が見いだした時よりも繁栄して平和なものにして去る責任を引き受けよう。共にならば、我々にはできるはずだ（略）。</p>
<div id="attachment_673" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://www.women-work.org/message/wp-content/uploads/2010/07/image008.jpg"><img class="size-medium wp-image-673" title="プラハ城から街を臨む" src="http://www.women-work.org/message/wp-content/uploads/2010/07/image008-300x193.jpg" alt="プラハ城から街を臨む" width="300" height="193" /></a><p class="wp-caption-text">プラハ城から街を臨む</p></div>
<p><a href="http://www.women-work.org/message/wp-content/uploads/2010/07/image010.jpg"><img class="alignnone size-medium wp-image-674" title="image010" src="http://www.women-work.org/message/wp-content/uploads/2010/07/image010-300x226.jpg" alt="image010" width="306" height="226" /></a></p>
<div id="attachment_675" class="wp-caption alignleft" style="width: 353px"><a href="http://www.women-work.org/message/wp-content/uploads/2010/07/image012.jpg"><img class="size-medium wp-image-675 " title="百塔の街とカレル橋" src="http://www.women-work.org/message/wp-content/uploads/2010/07/image012-300x200.jpg" alt="百塔の街とカレル橋" width="343" height="219" /></a><p class="wp-caption-text">百塔の街とカレル橋（中央左）</p></div>
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		<title>中欧の旅  ① ウィーンの暑さと世紀末の輝き</title>
		<link>http://www.women-work.org/message/archives/658</link>
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		<pubDate>Tue, 27 Jul 2010 09:34:08 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
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		<description><![CDATA[今回の旅の目的は、めずらしく組み込まれていたアウシュビッツにいくことと、もう一つは2009年4月5日オバマ大統領が核軍縮演説をしたチェコ共和国、プラハ、フラッチャニ広場から世界一美しいとされるプラハの街を見て感動し、そこ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>今回の旅の目的は、めずらしく組み込まれていたアウシュビッツにいくことと、もう一つは2009年4月5日オバマ大統領が核軍縮演説をしたチェコ共和国、プラハ、フラッチャニ広場から世界一美しいとされるプラハの街を見て感動し、そこで、再度、油絵を描きたいと決意したいという二つだった。エジプトのカイロでトランジット、ウィーン（オーストリア）へ着いた。女帝マリアテレジアと輝ける芸術の都ウィーンなどという感覚に浸るなどとはほど遠く、ただただ暑くて、暑くてびっくり、うんざり。ヨーロッパの熱波は聞いてはいたが37度とか。それに従来クーラーなど要らなかった地では、ホテルもレストランも扇風機さえない。紫外線のきつい熱線で焦げるようだ。気候変動はもう確実なのだ。</p>
<p>オーストリアはハプスブルグ家とともに発展した。この家系は、たくみな政治手腕と婚姻政策によって、神聖ローマ皇帝の地位を世襲するまでになり、日の沈まない帝国といわれた世界帝国建設に成功した。特にマリアテレジア（神聖ローマ皇后・オーストリア女大公・ハンガリー女王・ボヘミア女王）は、学校教育の整備や軍備改革などで政治改革をし、16人の子をなし、娘たちを政略結婚で国を拡大し、優美な文化を華ひらかせた。私の敬愛する与謝野晶子も12人の子どもを持ったが、晶子がオーストリア（イギリス・ベルギー、ドイツ・オランダと合わせて）を訪問したのは1912年のことであった。最盛期を経たオーストリアであったが、晶子は何を感じたのか、衝撃は想像を遙かに超えるほど大きかったことだろう。帰国後晶子は、芸術や文化ではなく、政治や社会問題、女性が職業を持って自立する課題を書くようになった。本物の社会評論家になっていった。</p>
<p>ウィーンの名物はなんといってもコーヒーとケーキ。コーヒーはオスマン・トルコ軍が持ち込んだとか。しかし、ケーキはハプスブルグカ家の歴代皇帝たちの遺産である。食事の後にはものすごくでっかいケーキが出る。しかし、今回の食事には、前回（2006年）時のようなサイズではなかった。日本人観光客向きに量を減らしたとしか思えない。コーヒーとケーキとモーツァルトやヴェートヴェン、ハイドン、ブラームス、シューベルト、ヨハン・シュトラウス（二代）、マーラーなどの楽聖たちの活躍。そして、ウィーンが世界に誇る輝かしい絵画では、グスタフ・クリムトやエゴン・シーレ、アルフォンム・ミュシャ（出身ははチェコ）たちがいる。世紀末、アール・ヌーヴォーの花が大きく咲いた地である。</p>
<div id="attachment_659" class="wp-caption alignnone" style="width: 250px"><a href="http://www.women-work.org/message/wp-content/uploads/2010/07/image001.jpg"><img class="size-medium wp-image-659" title="マリアテレジアの家族　　シェーンブルン宮殿にて" src="http://www.women-work.org/message/wp-content/uploads/2010/07/image001-240x300.jpg" alt="マリアテレジアの家族　　シェーンブルン宮殿にて" width="240" height="300" /></a><p class="wp-caption-text">マリアテレジアの家族:シェーンブルン宮殿にて</p></div>
<p>マリア・テレジアは1740年から176０年までに16人出産、内３人を1754年までに亡くしている。1754年の上の絵には12人が描かれている。アントワネットは誕生していないので描かれていない。</p>
<div id="attachment_660" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://www.women-work.org/message/wp-content/uploads/2010/07/3.jpg"><img class="size-medium wp-image-660" title="デパートのピンクリボン" src="http://www.women-work.org/message/wp-content/uploads/2010/07/3-300x253.jpg" alt="デパートのピンクリボン" width="300" height="253" /></a><p class="wp-caption-text">デパートのピンクリボン</p></div>
<div id="attachment_664" class="wp-caption alignnone" style="width: 235px"><a href="http://www.women-work.org/message/wp-content/uploads/2010/07/lrg_13254164.jpg"><img class="size-medium wp-image-664" title="（マジョリカハウス　壁面の装飾は赤いバラの木。マジョリカ焼きのタイルを使用）" src="http://www.women-work.org/message/wp-content/uploads/2010/07/lrg_13254164-225x300.jpg" alt="（マジョリカハウス　壁面の装飾は赤いバラの木。マジョリカ焼きのタイルを使用）" width="225" height="300" /></a><p class="wp-caption-text">マジョリカハウス　壁面の装飾は赤いバラの木。マジョリカ焼きのタイルを使用</p></div>
<p>19世紀末アール・ヌーヴォーの影響は建築にも。マジョリカハウスはその代表オットー・ワーグナー(1841-1918)の作品。アパートは現在も使われている。</p>
<p>（時差ぼけなのか、27日深夜ＮＨＫＢＳで映画「枢機卿」：1962年アメリカ作品を見た。<br />
オーストリアで、ヒットラーがカソリックをも殺戮の対象にしていく過程が描かれていた。カソリックの理想を追う、しかし優柔不断な青年司祭が、妹の妊娠・死（中絶は悪）、人種差別やナチズムに反発といった過程を経て枢機卿になり、渡米するまでを描く。傍観者としてのアメリカの立場が鮮明に見える。教会は「ヒットラーも同民族だから、我々は大丈夫」と甘く信じていたのだ。）</p>
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		<title>ノルウェイ大使館にアニータさんを訪ねて</title>
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		<pubDate>Thu, 27 May 2010 12:11:33 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
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		<description><![CDATA[東京南麻布のノルウェイ大使館を訪問しました。やっと面会がかなったのです。アニータ・プラタップ（Anita Pratap）さんは有名なジャーナリストですが、ノルウェイ大使夫人でもあるのです。しばらくお待ちすると長身のご本人 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>東京南麻布のノルウェイ大使館を訪問しました。やっと面会がかなったのです。アニータ・プラタップ（Anita Pratap）さんは有名なジャーナリストですが、ノルウェイ大使夫人でもあるのです。しばらくお待ちすると長身のご本人が現れました。しかし通訳は今日はいないとのこと！私は覚悟を決めてテープレコーダーのスイッチを入れました。</p>
<div id="attachment_653" class="wp-caption alignnone" style="width: 240px"><a href="http://www.women-work.org/message/wp-content/uploads/2010/05/image001.jpg"><img class="size-medium wp-image-653" title="アニータ・プラタップ（Anita Pratap）さん" src="http://www.women-work.org/message/wp-content/uploads/2010/05/image001-230x300.jpg" alt="アニータ・プラタップ（Anita Pratap）さん" width="230" height="300" /></a><p class="wp-caption-text">ノルウェイ大使館でアニータ・プラタップ（Anita Pratap）さん</p></div>
<p>アニータさんはインド国籍をお持ちで、ＴＩＭＥ誌やＣＮＮ(南アジア支局長)記者で映画制作にも活躍してこられました。スリランカやアフガニスタンの最前線での従軍記者でもありました。ジャーナリストとしていくつもの賞に輝いておられます。彼女の書かれた&#8221;Ｉｓｌａｎｄ　ｏｆ　Ｂｌｏｏｄ&#8221;（血潮に染まる島）（2003年PENGUIN  USA）はスリランカ、アフガニスタンと他の南アジアの最前線レポートです。アニータさんは８０年代から９０年代、何度も何度も、正面から取材するための現地へ向かっています。戦争、民族紛争、地震、サイクロンや干ばつ、悲惨な自然環境のもとでの人種差別、性差別、宗教的な差別と思慮のない憎悪と恐れが繰り返される現場を忠実に語られています。（身の毛もよだつ光景にであった。７人若い男性の拷問死体が道路の真ん中投げ出されていた・・・というような調子です。）<br />
いちばん興味のあることから質問することにしました。</p>
<p><strong>Q．</strong> アルネ・ロイ・ウォルター（Arne Roy WALTHER）大使とはいつ、どうして知り合われたのですか？<br />
<strong>A．</strong>私はインド生まれ、インドで教育も受けました。その後ジャーナリストとして仕事をしていたのですが､彼が1995年インド大使（バングラディシュ、ブーアン、ネパール、スリランカ兼轄）として赴任してきたのです。そこで知り合ったのです。</p>
<p><strong>Q．</strong>アニータさんは、ノルウェイとインドの両方の文化を理解しておられるのですが、女性の問題や女性が働くことについて比較してどう思われますか？<br />
<strong>A．</strong>インドとノルウェイを比較して論じるというのはまず無理です。違いすぎます。レベルも、人口規模も違いすぎます。インドは11億でやがて13臆の中国を超えるだろうとも言われています。ノルウェイは500万人ですし、女性の地位ではきわめてレベルが高いのがノルウェイなど北欧諸国です。私はやはりインドを中心にお話を進めていきたいと思います。インドは上層の階層と多くの貧困層とで、まったく違うという特徴があります。でも最近の大きな出来事として、女性議員のクオータ制が上院・下院ともに可決したということは実に大きな出来事です。<br />
:私たちはずっとこの制度を待ちかねていました。やっとインドはクオータ制で、国会・州議会の3割、市町村議会の半数を女性にします。インドは女性のエンパワメントがとても強い国です。</p>
<p><strong>Q．</strong>私は国際女性会議（NGO）でインドの『焼かれる花嫁』のスライドを見ました。それから夫が亡くなると妻も一緒に焼かれるというサティなどの話を聞き、とても驚きました。もう法律で禁止されたと聞いていますが今はどうなのでしょうか？<br />
<strong>A．</strong>インドの法律でサティー（寡婦殉死）は1829年に禁止されたのですが、まだ実際のところは残っています。持参金のダウリ廃止法も1961年法制化されたのですが、実際のところはまだなくなっていないですね。</p>
<p><strong>Q．</strong>アニータさんには、日本の女性は　どう写っているのですか？<br />
<strong>A．</strong>日本の女性はポライト（礼儀正しい、上品な）方が多いという印象ですね。</p>
<p>（さらに詳しくは『女性と仕事ジャーナル』19号の誌上で展開します）</p>
<p>注：ノルウェイでは、1988年に「4人以上の構成員からなるすべての審議会・委員会・評議会などは任命・選挙を問わず、一方の性が40％以下となってはいけない」というクオータ制を導入しています。クオータ制は欧州諸国以外にも広がり、すでに南アフリカ共和国などで採用。韓国では2002年度の統一地方選から比例区選挙に導入されました。法制化や政党綱領などで何らかのクオータ制を導入している国は、約100ヵ国となっています｡積極的に性差別をなくすために、暫定的にとられる制度です。</p>
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		<title>再び、ＮＰＯと２０１０年の春  「新しい公共」円卓会議、その後</title>
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		<pubDate>Thu, 08 Apr 2010 12:40:06 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
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		<description><![CDATA[政府税制調査会は４月８日、特定非営利活動法人（ＮＰＯ法人）に対する支援税制の基本方針を決めるようです。ＮＰＯ法人への寄付を促し、寄付金に応じた額を所得税から差し引く税額控除が柱となっています。ＮＰＯに寄付する場合、税制上 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>政府税制調査会は４月８日、特定非営利活動法人（ＮＰＯ法人）に対する支援税制の基本方針を決めるようです。ＮＰＯ法人への寄付を促し、寄付金に応じた額を所得税から差し引く税額控除が柱となっています。ＮＰＯに寄付する場合、税制上の恩恵を拡大し、「草の根」の寄付をしやすくするのです。ただ所得税から寄付の何割を差し引くかは未だ決まっておらず、年末の税制改正論議を待つことになっています。</p>
<p>鳩山内閣は、１月の施政方針演説で「官が独占してきた領域を公に開き、新しい公共の担い手を拡大する」と表明しました。福祉分野などの公共サービスの新たな担い手として位置づけ、税制優遇などで活動を支援するということです。しかし寄付という考え方は日本ではなかなか浸透していません。日本と米国とで何が違うといっても寄付に対する考え方は、１８０度違います。日本はアメリカの100分の１しかＮＰＯへの寄付がありません。額もそうですが考え方の違いが大きく、趣旨に賛同し、応援するから寄付というより、見るに見かねて可哀想だから恵んであげる、といった発想になりがちです。アメリカでボランティア活動も人件費換算をして寄付とみなしていることもあります。<br />
認定ＮＰＯの申請をしようとした昨年４月、寄付概念（何の見返りもなし資金をこっそり出す）の厳しいことに驚いたことがありました。そして申請を諦めてかえってきました。</p>
<p>寄付というのは「市民から応援を得ている」という証になるものですが、「市民性」そのものが、日本社会にはまだまだ未知の分野かもしれません。お上（官）や村の長老や経済界が政治の中心で、市民やＮＰＯが政治の中心になるという発想が自らも含めてないかもしれません。さらに、ＮＰＯの側にも「自らの手で寄付とボランティアに支えられて社会を変革する」という志が不明な点が多いといえます。</p>
<p>新しい春にＮＰＯの活躍が更に求められるのですが、女性と仕事研究所も女性の再就職やシングルマザーの自立を促す活動と連動して「コミュニティカレッジの創設」に向かって、苦悩しながら道を開いていこうと考えています。</p>
<div id="attachment_639" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://www.women-work.org/message/wp-content/uploads/2010/04/hatoyamakaikan.jpg"><img class="size-medium wp-image-639" title="鳩山会館さくら" src="http://www.women-work.org/message/wp-content/uploads/2010/04/hatoyamakaikan-300x225.jpg" alt="鳩山会館のさくら" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">鳩山会館のさくら</p></div>
<div id="attachment_642" class="wp-caption alignnone" style="width: 235px"><a href="http://www.women-work.org/message/wp-content/uploads/2010/04/yosanoakiko.jpg"><img class="size-medium wp-image-642" title="与謝野晶子洋装" src="http://www.women-work.org/message/wp-content/uploads/2010/04/yosanoakiko-225x300.jpg" alt="洋装の与謝野晶子" width="225" height="300" /></a><p class="wp-caption-text">洋装の与謝野晶子</p></div>
<p>４月はじめ満開の桜を頭上に頂き、あわただしく歩き廻った東京でした。人材育成学会の研究会立ち上げのミーティングに参加、それから助成財団の説明会に参加、それから出版社で打ち合わせをして、文京区湯島の小学校と鳩山会館で桜を観て、文化学園（192年前西村伊作と与謝野晶子等が創設・日本で初めての男女共学の学校）でオープンキャンパスに突入、最後は有楽町で「ＡＶＡＴＡＲ」を観て元気になって帰阪しました。</p>
<div id="attachment_640" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://www.women-work.org/message/wp-content/uploads/2010/04/yushima_school.jpg"><img class="size-medium wp-image-640" title="文京区立湯島小学校入学式" src="http://www.women-work.org/message/wp-content/uploads/2010/04/yushima_school-300x244.jpg" alt="文京区立湯島小学校入学式" width="300" height="244" /></a><p class="wp-caption-text">文京区立湯島小学校入学式</p></div>
<div class="mceTemp">
<div id="attachment_641" class="wp-caption alignnone" style="width: 208px"><a href="http://www.women-work.org/message/wp-content/uploads/2010/04/kansai_unv.jpg"><img class="size-medium wp-image-641" title="関西大学も桜トンネル" src="http://www.women-work.org/message/wp-content/uploads/2010/04/kansai_unv-198x300.jpg" alt="関西大学も桜トンネル" width="198" height="300" /></a><p class="wp-caption-text">関西大学も桜トンネル</p></div>
</div>
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	</item>
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		<title>「新しい公共」に春風は吹くか</title>
		<link>http://www.women-work.org/message/archives/627</link>
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		<pubDate>Thu, 18 Mar 2010 23:46:51 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[未分類]]></category>

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		<description><![CDATA[春風は、行方を定めず気ままですね。
きのうの夕刻からまたびっくりするほど寒くなりました。
最近では、植木鉢を出したり入れたりしています。
それでもいきなり低温にさらされるともう生きては戻れない蘭もあります。
３月１２日、 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>春風は、行方を定めず気ままですね。<br />
きのうの夕刻からまたびっくりするほど寒くなりました。<br />
最近では、植木鉢を出したり入れたりしています。<br />
それでもいきなり低温にさらされるともう生きては戻れない蘭もあります。</p>
<p>３月１２日、日本ＮＰＯ学会のシンポジウム『東アジアにおける社会的企業の台頭と挑戦』立命館大学）に出席しました。ＮＰＯや社会的起業という概念は、アメリカや欧州が先輩ですが、近年は東アジアでも活動も研究も広がっているということです。</p>
<p>背景にアメリカや欧州がありながら、昨年来の金融危機以来の経済不況により、政府の期待値も上がっているのです。日本国内でも政権交代に伴い、社会的起業・ＮＰＯに対する認識も変化しています。昨年末、民主党政権は新・経済成長戦略を出し、そこでの６つの柱のうちの「雇用・人材戦略」においては、公共サービスの提供や雇用創出の担い手として、ＮＰＯや社会的起業への期待と支援が表明されています。「新しい公共」という概念で政策が進められようとしており、ＮＰＯへの新しい税制改正案も衆議院を通過しました。しかし、私などはいつまで経ってもコミュニティカレッジという政策には到達しないナーと待ちくたびれている感があります。</p>
<p>実際のところ、日本ではＮＰＯへの評価も社会的起業に対する実証的研究も未だ未だこれからというところのようです。今回のシンポジウムではアメリカのジャネル・カーリン（Janele A Kerlin）さんが、基調講演で、アメリカ、日本、西欧、中欧、アルゼンチン、ジンバブエ・ザンビア、東南アジアについて、「発展基盤がどこにあるか」、「国家や市民社会の能力の程度」「市場の機能」などについて分析されました。</p>
<p>日本の場合は、発展の基盤は政府が中心で、市民社会の能力は弱く、NPOや社会起業家は市場の機能に委ねられている（つまり必死に事業型を追求している）というのが概略でした。台湾や韓国からも報告がありましたが、韓国のNPOは、認証数は３００程度と少ないようですが、雇用創出をしているという意味で、国が人件費を出すのだそうです。</p>
<p>2004年の韓国訪問では、女性たちの多くがM字型の２つ目の山の就業時期をNGO（どういうわけかNPOでなく、NGOといっていました）として、活躍していました。それとは違って社会的企業育成法が2007年に施行され、そこでは土地や建物の賃貸や税金や雇用保険料等の補助などもおこなわれているそうです。</p>
<p>日本の「新しい公共」政策ももっと早く進むといいなと願っています。事業型をめざすといっても株式会社と自治体の委託事業を競争するのは、とてもきついのです。かといって「ボランティアでも志があればいい」ともいえないわけです。</p>
<p>帰りに寄った北野天満宮では、枝の下から開花する梅の花がもう先っぽまで満開でした。<br />
未だ就職が決まっていない女子学生や合格祈願者が列をなし、じっと手を合わせる姿に、天満宮でも閉館時間を過ぎても、黙って門を開けているのでした。</p>
<div id="attachment_628" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://www.women-work.org/message/wp-content/uploads/2010/03/DSCF2782.jpg"><img class="size-medium wp-image-628" title="北野天宮での梅林　その1" src="http://www.women-work.org/message/wp-content/uploads/2010/03/DSCF2782-300x225.jpg" alt="北野天宮での梅林　その1" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">北野天宮での梅林</p></div>
<p><a href="http://www.women-work.org/message/wp-content/uploads/2010/03/DSCF2783.jpg"><img class="alignnone size-medium wp-image-629" title="北野天宮での梅林　その2" src="http://www.women-work.org/message/wp-content/uploads/2010/03/DSCF2783-225x300.jpg" alt="北野天宮での梅林　その2" width="225" height="300" /></a><a href="http://www.women-work.org/message/wp-content/uploads/2010/03/DSCF2785.jpg"><img class="alignnone size-medium wp-image-630" title="北野天宮での梅林　その3" src="http://www.women-work.org/message/wp-content/uploads/2010/03/DSCF2785-225x300.jpg" alt="北野天宮での梅林　その3" width="225" height="300" /></a></p>
]]></content:encoded>
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		<item>
		<title>サンフランシスコ報告　その5</title>
		<link>http://www.women-work.org/message/archives/615</link>
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		<pubDate>Mon, 08 Feb 2010 06:07:39 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
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		<description><![CDATA[サンフランシスコのＮＰＯが運営する“C5 Children’s School”
2009年9月7～14日、カリフォルニア州サンフランシスコ視察ツアーに参加。滞在4日目、9月10日午前、ＮＰＯが運営する保育所を訪れた。名称 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<h3>サンフランシスコのＮＰＯが運営する“C5 Children’s School”</h3>
<p>2009年9月7～14日、カリフォルニア州サンフランシスコ視察ツアーに参加。滞在4日目、9月10日午前、ＮＰＯが運営する保育所を訪れた。名称は“C5 Children’s School”。正式名称“The Civic Center Child  Care Corporation”の頭文字Ｃが５つ重なるところから、こう呼ばれているらしい。保育所は、州が管理する建物の中にあって、入り口では金属探知器・手荷物透写があり、セキュリティチェックは厳重である。</p>
<p><a href="http://www.women-work.org/message/wp-content/uploads/2010/02/1.JPG"><img class="alignnone size-medium wp-image-616" title="C5 Children’s School　その1" src="http://www.women-work.org/message/wp-content/uploads/2010/02/1-300x224.jpg" alt="C5 Children’s School　その1" width="300" height="224" /></a></p>
<p><a href="http://www.women-work.org/message/wp-content/uploads/2010/02/2.JPG"><img class="alignnone size-medium wp-image-617" title="C5 Children’s School　その2" src="http://www.women-work.org/message/wp-content/uploads/2010/02/2-300x224.jpg" alt="C5 Children’s School　その2" width="300" height="224" /></a></p>
<p>保育所の設立は1985年。両親のボランティアグループと、州政府の職員たちによって設立された。州政府に勤めている家庭の子どもが優先的に入所できるそうで、3分の１の子がそれに該当する。最初は２ヶ月～３歳児を対象としていたが、1999年に、プレスクールセンター開設し、就学前までの児童を対象とするようになった。</p>
<p>保育料は、2ヶ月～3歳児：月額1,851ドル、18～36ヶ月児：月額1,683ドル、36ヶ月～就学前（5歳）：月額1,486ドルとなっている。アメリカの公務員の収入は、職務の内容によってかなり格差があるらしいが、平均月収は4,000～5,000ドルと聞いている。収入の約3分の１が保育料となる。円換算で13～16万円（1ドル＝90円）。</p>
<p>日本では、低年齢児の保育料が8万円程度ということだが、アメリカの物価水準やほとんどの家庭がダブルインカムということ考えれば妥当な価格なのかもしれない。何より、それだけの費用を出しても子どもを通わせたいと思うような魅力的な保育所なのだと言うことで納得できる。</p>
<p>運営は、上述の保育料で多くをまかなっている。その他、ファンドレイジング（資金調達：寄付や助成金等）で４～５万ドル集めるそうだ。大口の寄付もあるが、多くは親のネットワークで50～100ドルといった小口の寄付だ。家賃は1,300ドル、修理はしてくれるが、家具は購入しなければならない。</p>
<p><a href="http://www.women-work.org/message/wp-content/uploads/2010/02/3.JPG"><img class="alignnone size-medium wp-image-618" title="C5 Children’s School　その3" src="http://www.women-work.org/message/wp-content/uploads/2010/02/3-300x224.jpg" alt="C5 Children’s School　その3" width="300" height="224" /></a></p>
<p><a href="http://www.women-work.org/message/wp-content/uploads/2010/02/4.JPG"><img class="alignnone size-medium wp-image-619" title="C5 Children’s School　その4" src="http://www.women-work.org/message/wp-content/uploads/2010/02/4-300x224.jpg" alt="C5 Children’s School　その4" width="300" height="224" /></a></p>
<p>カリキュラムには、イタリアの進んだ教育方法を取り入れ、スタッフは専門的なトレーニングを受けている。子どもに何か強制するのではなく、自由な活動の中から学ぶという姿勢ではあるが、単に子守りをするのではなく、子どもの成長に寄与することを目的としている。子どもとは対等に会話をし、お手本に心がけている。食事やおやつは有機食品を使用している。</p>
<p>保育室は雑然とはしているが、原色のおもちゃは少なく、ホンモノと同じような物が置かれている。音楽教育にも力を入れている様子で、小振りのギターやタンブリンなどで遊んでいる子どもも見かけた。</p>
<p>また、同じフロア（１Ｆ）には広いホールがあり、そのビルで働いている大人たちが食事をしたり、ミーテイングをしたりしている。ホールの外側は運動場になっていて、保育所の子どもたちはホールの中をきちんと並んで通り抜け、運動場に向かう。大人は子どもたちが遊ぶ様子を眺めることができ、子どもたちは大人たちが働いている様子を見ることができる。</p>
<p>ＮＰＯだからこそできるユニークな教育方法や取り組み。また、それを受入れ、支援する州政府の方針にアメリカを感じることができる。</p>
<p>女性と仕事研究所　主任研究員　甲田恭子</p>
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